メアリの血判契約
※5年後設定
招待状が赤いポストに投函されていたのは1ヶ月前。別に出たくもなかったが、クソガキが喧しかったから仕方がない。
新郎新婦共に幾度となく見聞きした名前だ。式場で見かけた時は俗に言う「お似合い」だと思った。他人サマの幸福とやらに全く興味はねェが。
――お姉さま、きれいだねってミサカはミサカもあんな風になれるかなって考えてみる
俺にしてみれば、オリジナルはまだガキだった。笑い方も雰囲気も。
打ち止めの言葉も何となく聞き流して――だから予想もつかなかった。俺ですら悲惨だと憐れむ、あの式は。
轟音と悲鳴が響く中で、襲撃者と三下の会話が嫌でも、あの白いシスターを彷彿とさせる。飛び出そうとした新郎を止めるのは、
『……行くの?』
『悪い。インデックスは、俺が守らねぇと』
男は「愛してる」と永遠を誓ったその口で永遠の別れを告げた。
残ったのは、陳列者の死体と能力者と新婦。眩しいほどに白かった花嫁衣裳は幻想のように見慣れた赤褐色に染まっていた。
ガキだなんて嘘だ。血肉の生臭いにおいを纏った女は、綺麗だった。
それから二年が経ち、あいつは何処の馬の骨とも知らない男と一緒になるらしい。見かねた親族が縁組みしたと聞いた。
そして今、同じ衣裳で俺の前に立っていた。血痕が消えたのに、くすんだままの白いそれで。
「お姉さま、綺麗だよってミサカはミサカは直接言えて嬉しい!」
「ありがとう打ち止め。今度こそ幸せになるからね」
こいつの幸せって何だ。
三下と一緒になってバカみてェに笑って裏の世界なンか知らないで、ババアになって仲良く手でも繋いで死ぬことじゃねェのかよ。
へらへらした優男としたくもねェ子作りして内側がズタズタにされるのが幸せってもンなら、こンな世界崩壊してしまえ。
「あ、ミサカはミサカはお姉さまと写真撮りたいからヨミカワにカメラ借りてくるね」
世界の秩序が死ンでるなら、この蟠りだって吐き出す権利ぐらいはある筈だ。何を吐き出したところで無秩序に変わりはないのだから。
「いいのか、これで」
「知ってるでしょ、あいつはもう戻らない。あいつがあの日誓ったのは愛じゃない。私との別れなの」
「だから三下が罪悪感を持たねェように他の男の女になるってかァ?」
「…そうよ」
「相当な売女だなァ、オマエ。そこらのゴミ同然カス男とキスしてヤらせンのかよ。どンだけ飢えてるンだっつゥの」
「あんたね、ここ教会よ。少しは、」
理論ばかり語る煩い口は塞いでしまえばいい。ついでに絡めた舌も引き千切って喉も掻き切って声帯も傷付けてしまおうか。
そうすれば他の男と誓約出来なくなって、こいつを傷付けるやつもいなくなる。スプラッタにされるやつが減る、つまりめでたく世界平和とその他諸々の環境予防に貢献ってわけだ。
「んっ、あくせら、」
「契約しろ」
「、え?」 「テメェに残ってるもン全部俺に捧げたら攫ってやるよ。この腐った世界から」
誓うとか誓約、みたいな生温いものじゃない。結局はそんなもの、約束以外の何物でもないから平気で裏切れるのだ。
「ちゃんとここから出してくれるんでしょうね」
「当然だろォが」
「なら、契約するわ」
だったらもっと強く、担保でも付けて縛ればいい。殺すより苦痛なことなど幾らでも存在する。
「愛してる、一方通行」
その応えとして、白い肌に捺印代わりの痕を残した。神には誓わない、消えない契約書は己の手に。
end.
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110605
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