融解してシンデレラ








今日は日曜日。朝からアニメでも見てやろうと考えた私は一時間も経たない内にテレビの電源を切った。
雑音がひどすぎる。スプリングの軋む音と爽やかな朝に不似合いな女の声。そろそろ裁判所に訴えてやろうか。

仕方がないから、音楽でも聴こうとイヤホンを耳に突っ込む。この時間は幸せだ。トレーナーに短パンという楽な格好で過ごせるし、何よりベッドに寝そべってのんびり出来る。
けれど、こんな時間も単なる時間潰しだ。私はこのあと大根役者として舞台に上がらなきゃいけない。



音が聞こえなくなってから自宅の玄関の扉にもたれ掛かり、相変わらず音楽を大音量で流していた。すると私より幾分か年上の綺麗な女の子が隣の部屋から出てきて上機嫌にエレベーターホールの方へ去って行った。

それを営業用スマイルで見送っていた男が、今やっとこちらに気付いたという胡散臭い芝居を打つ。

「よぉ、御坂」
「よぉじゃないわよ。あんたのせいで私の休日台無しなんだけど」
「何でだよ」

こんなやつが私より順位が上なんて信じたくもない(現に信じてない)。こんな、ふざけたやつに。
侮蔑の視線を向けてやると、そいつはにやりと口角を上げて笑った。

「うるさいのよ、朝っぱらから盛ってるどっかのバカップルがね」
「あ、もしかして妬いたとか?いいぜ、俺は体力有り余ってるからな」
「んなわけないでしょ」
「つれねーな」

女癖は悪い、性格も口も悪い。残念ながら顔と頭は良いらしいけれど。それが隣人、垣根帝督だ。女の子を部屋に連れ込んでは、よろしくやってる。
そんなに毎日セックスして楽しいのか、と聞くと楽しくねえよと返ってくる。
意味分かんない。

「ってちょっと、近寄らないでよ、」

ヘンタイ、という言葉は喉奥に支えて最後まで出ることはなかった。
手慣れたキスと香水の甘ったるい匂いと。垣根のキスは優しいから嫌いじゃないし、拒むつもりもない、けど。

垣根を呼ぶ声がする。さっきの女の子だ。ああ、この子は「垣根帝督」という人間を知らなかったのか。下の名前で呼んで親しげにしていたのに。

「ケータイ取りに来たんだろ?ほら。もう会うこともないだろうしな」

頭がイイとは時に罪だ。こいつはご丁寧に相手の携帯電話を抜き取っておいて、取りに戻らせる。そして私を使って、いや逆か。この子達が利用されてるんだ。

垣根の、私への気持ちの為だけに。

垣根にとってメリットしかもたらさない女遊びはこいつの常套手段だ。私に近付く人間は性別関係なく排除できるし、私が妬まれたとしても私を守る、という大義名分ができる。

結局、その子は罵倒しながら帰った。可哀想に。

「ひっでぇよなあ。5分前はアイシテルとか言ってたんだぜ、あの女」
「あんたが悪いんじゃないの。もっと優しくしてあげたら?元は優しいんだからできるでしょ」
「お前以外に優しくする気なんかねえよ」

ぎゅ、と抱きしめられる。それはあくまで優しくて、こいつの能力でもある羽で包み込むようでもあった。

「御坂、俺にはお前だけだからな」
「ハイハイ」
「……信じてねえだろ」
「信じてるって。ただ聞き慣れてるだけ」

何て陳腐な演劇なんだろう。
主役と勘違いしてしまった聴衆の野次も、彼に好意を持った乙女の涙も、全てをヒールで踏み潰して私はこの舞台に立つ。
そして用意されたドレスと靴で、この卑怯で優しい王子と踊る。それが私の役目なのだ。







end.


----------------
110604

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -