トートロジーを謳う猫







降りしきる雨の中、何をするでもなく空を見上げていた。灰色の雲は流れない。あの雲の塊一つ消しても誰も気付かないのだ。
ものがあると言ったところで誰かに認識してもらわなければあるとは言えない。存在しないのと同じだ。


赤い傘をくるくると回しながら御坂は、寂れた商店街のシャッターにもたれかかっていた。
目の前を帰り急ぐ学生が通り過ぎていく。彼女はそれなりに有名人だったが、状況のせいで明らかに故意に目を逸らして小走りになる者が多い、そんな中。

「誰かお待ちですかにゃー、お嬢さん」

物好きもいたものだ。
顔を上げると、見たことのない妙な少年が人当たりの良さそうな笑顔を御坂に向けていた。

「別に」
「だけど君、一週間はここで待ってるだろ?」
「……あんた見てたの?」
「当然。カワイイ女の子に目がないのは万人共通だぜい」

ナンパ目的で男に絡まれることは少なくない。今も粛正した残骸が御坂の足元には転がっている。
しかし、この少年にはそれらしい雰囲気どころか彼女の適わないと思わせるところがあった。

「本当は……あんたの言うとおり、待ってるのよ」
「こんなカワイイ子を待たせるとは、とんでもない男だにゃー」
「そう、とんでもない大バカ男なの。大事な時しか来てくれなくて、後はすっぽかして。…こうやって初めて会った時みたいに絡まれても、あいつは来ないって、わかってる、のに、期待しちゃうのよ」

御坂は空を見上げるのを止めて、コンクリートを見つめる。

「ほんと、バカ、よね」

きっとあの少年の世界では、常に「あるもの」なんて存在しないのだ。対象が目まぐるしく変わり、それは天秤にかけた時点でごまかしや嘘に揺らぐことなく、片方を少年の何を賭けても守るのだ。彼の時間的なベクトルの上に絶対の存在などあり得ない。

そんな少年を好きになってしまった自分は酷く愚かだと少女は嘆息した。辛いだけなのに。
するとそのとき、俯いて黙ったままの御坂の頭にふわりと温かいものが乗せられた。

「よーしよし」
「は、ああああ!?あんたなに勝手に人の頭撫でて、ひゃっ」
「捨てネコちゃんを撫でるのは人類のありがたーい権利なんだにゃー」
「な、によその権利!大体誰が捨てネコだって、」
「え、キミ?」

だって髪はふわふわだし、ネコ目だし、気が強そうだし――などと勝手に理由を列挙されていくのを黙っている彼女ではない。しかし彼が、ふと哀しそうな瞳で笑いかけたから口を開くのを止めた。

「それに迎えに来る筈のない飼い主を待ってるから、ね」
「っ…!」
「…ごめんな、傷つけて」

なんで見ず知らずのあんたが謝るの、と意味のある言葉は言えなかった。その手の優しさがとても痛くて、唇を噛み締め涙を堪えるので精いっぱいで。
おいで、と差し伸べられた手はまだ掴めそうにない。けれど、この少年の世界で確かに自分は「あるもの」として認識されていることが御坂には崇高なことだとすら思えた。




end.



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110529


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