真海にて人魚を飼う










扉を閉めるだけで光などというものは、いとも容易く途絶える。
一方通行は、冷蔵庫の中からコルクの締まった瓶と缶コーヒーを取り出した。

「どっちにすンだ」
「え…?」
「効力、そろそろ切れるンじゃねェか」
「そう」

御坂は迷わず手渡された瓶を仰いだ。
唇の端からぼたぼたと零れ落ちる透けた雫は、彼女の細く、日に焼けていない太腿から脹ら脛までつう、と滑る。闇色のシーツに病的な白さが映え、網膜に焼き付くほどに扇情的だった。


あの日、御坂を成す中枢は何によって修正不可能なまでに狂わされたのか、彼は知らない。一度だけ聞き慣れた男の名を口にしていたような気もする。今となっては、それもどうでもいいことだった。


彼が脚部に伝う液体を膝まで舌で掬い上げると、彼女は笑った。

「知ってる?足にキスって服従の意味ってこと」
「……うるせェ」
「アンタがそう言うときは、イエスよ」

御坂はすらりとした脚を組み直して、一方通行に侮蔑とも慈愛とも言える視線を向ける。

――赦されたいんでしょ?私に。そして同時に責めて欲しいとも思ってる。なのにアンタの世界は優しく造られてる、誰も責めてくれない。だからアンタを恨んでる私と会うのを止められない。私がアンタを赦すわけないから

「あはは、とんだ被虐嗜好よねぇ」
「あァ?テメェだって同類だろ」

如何に一方通行の力が弱くとも、御坂の身体を押し倒すことなど容易にできた。ぐい、とシャツの襟を引っ張ると歯型と複数の烙印が覗く。
途端に機嫌を損ねた彼女は少年の赤い瞳から視線を逸らしたが、彼はそれを嘲笑った。

「さァて、被虐嗜好っつゥのはどっちですかァ?」
「う、るさい…!」
「ってことはイエスだったよなァ。毎晩、無理やり突っ込まれてよがってる美琴ちゃンよォ」
「ちが、ぅ」
「何が違うンだよ。ブチ殺してェ男にまで足開いて、甘ったるい声で強請ってた淫乱はテメェだろォが」
「っ、」

一方通行は背けられた少女の顔を強引にこちらに向けると、紅く色付く唇に噛み付いた。

――赦されたい、のに赦されていい己なんていない

その戒めこそが一方通行と御坂の繋がりである。そして互いの傷を抉って、抉らせる。流された血が交わったところで何人も救われない。救われぬ罪人を待つのは、ただ堕落のみ。




「なァンか今日も分量狂ってやがったなァ」

ベッドサイドに横たわった瓶の中身をゆらりと揺らしてみる。表向きは精神安定剤だが、催淫効果をもたらす物質も含まれている。御坂の強い依存又は陶酔が目的で、だからこそ調和した薬が必要なのだが。彼は出来損ないのそれを一瞥すると床に叩き落とした。

『ねぇ、いつになったら赦されるのかな、私たち』

行為中にぽつりと零した言葉を彼は聞き逃さなかった。

「赦される必要なンか最初からねェンだよ」

このまま堕落して。神の加護も罰も辿り着けない場所で生きた人形のような少女を抱いていればいい。赦されたいと望むなら手を差し伸べる振りをして、突き落とせばいい。嗚呼、それの何と幸せなことか。
少年は眠る少女の名を呼んで、その額にそっと唇を落とした。


end.





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