情欲にまみれた林檎の寓話
『あんたがすきなの。だから、ねぇ早く――』

俺は昨日、ずっと好きだった御坂美琴に告白された。当然俺も好きだったと伝えて、その身体を抱きしめたのだけれど。
不器用で照れ屋な筈の彼女は、俺の背中に手を回すなり抱いてほしいと言い出したのだ。勿論俺も男だしそういった欲がないわけではないが、まず第一に彼女を大切にしたかった。御坂がどうしてもと言うなら、せめて三日後にしようと約束を取り付けたのが昨日だ。
女の子もそういうものなのだろうか。気持ちが通じて初めてそうしたいと思うのではないかという俺はやっぱり堅物なのか。

「当麻、どうしたの?」
「あ、ああ、ちょっと考え事をな…っていうか今お前、」
「な、なによ…悪い?」
「悪くねぇよ美琴」
「ばか、恥ずかしいじゃない」

美琴は頬にキスをしてくれて二人で顔を真っ赤にして、そんな中学生みたいな恋をしていた。
そう、少なくともこの時は幸せだと思っていた。俺は美琴を想って、あらゆる害から守って、そしてこれからもこんな穏やかで何気ない、そんな日常を彼女と過ごしていくんだと。

その翌日だったと覚えている。偶然見かけた彼女を驚かせてやろうと後をつけた。不意に聞こえてくるのはビール瓶の割れる音と男女の声だろうか。

「オイオイ聞こえなかったンですかァ?耳大丈夫かよオマエ」

どくん、と胸が騒いだ。何故なら女の方は昨日聞いたばかりの声だったからだ。

「…あんたこそ聞こえなかったの?もう私はあいつのものなの。つまり…言いたいことは分かるわよね、頭の良いあんたなら」

美琴は、そいつから離れたいが為に俺を頼って身体を許そうとしてくれたのだ。何で美琴がそんな辛い思いをしなければならないんだよ。それなら俺がそいつをぶん殴って美琴に近付けなければ、それで済む話じゃないか。いざ飛び出そうとしたが、男の笑い声が俺の足を地に縫い付ける。

「ひゃは、俺に嘘が通るとでも思ってンだ美琴ちゃンは。悪い子ですねェ」
「うそじゃないわよ!…ひっ!」
「脈拍呼吸心拍数に異常あり、と。ダメだよなァ嘘吐いたら。っつゥわけで、まずはよォく聞こえるよォに耳の穴ぶち開けて処女でも喪失しとくかァ?必要ねェだろ、あいつの為にある部品なンてよ。あァでも、俺の声がオマエに聞こえねェのは寂しいもンだな」
「一方通行……」
「なァいいだろ、美琴。あンな男より優しくしてやるよ」

ずるりと壁を滑った身体は地に崩れ落ちた。頭の整理が追い付いていかない。
美琴はあいつから逃げたいと思ってる。それは真実?嘘?真実だとしたい俺がそう思い込みたいだけなんじゃないのか。悪いやつから恋人を救うというヒーローを演じたい上条当麻が。本当は奪いたいだけの癖に。

「覗きなンて高尚な趣味をお持ちなンですねェ、ヒーローさンよォ」

真っ赤に染まる夕日を背にそいつは立っていた。真正面から突き刺す日の光が眩しくて目が眩みそうだ。

「また、美琴を苦しめる気かよっ…!」
「あいつな、俺に同情してるから捨てられねェンだとよ。可哀想だよなァ本当に。俺なンかに喰い殺される前に誰か助けてやった方がいいンじゃねェの?そう思うだろ、上条当麻」

唇を吊り上げて笑う一方通行が羨ましくて妬ましかった。こいつは自由だ。そして偽りと穢れのない真っ直ぐな想いで美琴を愛している。
なのに俺はいつまでもヒーローとしての仮面を被って美琴を守るだとか救うだとか。そんな正義を貫いてどうするつもりだ。それは美琴に嫌われたくない、情けない男だけの独りよがりの愛でしかない。
その劣等感に苛まれて正義の拳を握っても勝てる筈がなかった。能力に頼らない一方通行の強さは本物だ。後頭部に感じる銃口の冷たさが、ただ熱いだけの俺を宥めているようで。

『可哀想だオマエも。ダイスキな女が助けてくれってンのに見殺しにしちまった悲劇のヒーロー?泣けるねェ』
『…やめ…ろ……』
『殺しゃしねェよ、あいつを泣かせたくねェし。……なァ、聞いてたンだろ?さっきの。本当にカワイイ声で啼くンだよあいつ。そンでナカに指突き立ててホルモン分泌量弄って突っ込ンでやるとどォなると思う?ぐちゃぐちゃの肉がぎゅうぎゅう締め付けてきて、あいつが喘ぎ狂うの見たらよォ、』
『やめろおおぉぉぉぉぉ!!!』

一方通行は汚い俺の中の男を見透かしていた。耳に染み付いて離れない美琴の声が小さく『一方通行』と呼んでいた。何度も何度も。あんなに顔を真っ赤にしてやっと名前を呼んでくれて。舞い上がってた自分を恥じて身体がカッと熱くなる。あいつは同じ声で、いやもっと愛しそうに慈しむように違う男の名を刻むんだ。
俺だってあいつに名前を呼んで欲しい、気がおかしくなるほど必要とされたい。
大切にしたい?そんなの他の男に奪われちまったら意味がないんだ。
だから俺のせいで付いたあいつの穢れを拭ってやりたい。痕も痣も痛みも悦びも全て俺で塗り替えて。
なあ美琴、たとえ俺がお前を傷付けるようなひどい言葉を言っても許してくれ。だってそれは、俺がお前を好きだという証だから。

「美琴、明日だったよな」
『あ、ああそうね……ねえ、やっぱり私、』
「大丈夫だ。美琴は俺が守るから」

そんな本当に俺が怖いみたいな声出さなくてもいいだろ?あの日みたいに変わらない笑顔で笑ってくれればいい。何も変わってないんだから。赤ずきんを食べる狼も救う猟師も男だった、ただそれだけの話なんだ。








情欲にまみれた
林檎の寓話





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110805

御坂さんを上条さん一方さんの主人公二人が取り合う、なんていう私の趣味ど真ん中の素晴らしいリクエストをいただいたので早速書かせてもらいました。病んでても御坂さんを溺愛する二人が可愛くて仕方がなかった私でした。


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