恋が恋になる前のおはなし








それは少女が街中を歩いていた時に起きた。姉に勧められた期間限定のチョコレートフォンデュが食べたくてショーウィンドーから覗き見ていた少女の肩をポンと叩く者がいたのだ。少女の知り合いは姉と、知り合いの医者と妹だけだ。
少女は路地裏に連れ込まれた。
彼らは少女の姉に恨みがあるようだった。しかし生きて帰ろうが死して帰ろうが、それを姉に告げるつもりはなかった。恨んですらいなかった。
心優しい姉は、少女を危険に晒したことを責めるに違いなかった。姉には笑顔でいて欲しい。それが、それだけが少女の願いだった。
放たれた光線は少女を貫こうとした。光のない瞳に映るのは、死への畏れでも諦めでもない。何をも映していなかった。





もう一度目を開いたとき、そこには血溜まりだけがあって、その中に少年達が沈んでいた。ただ一人、少女の目の前に立つ者が自分を救ってくれたのだと少女は思った。
振り向いた少年は、少女の見てきた世界のどの人間にも似ていない人間だった。その視線に、姿に、声に、見惚れた。これが一目惚れというやつなのだろうと少女は冷静に判断していた。また会えないかと尋ねると少年は一瞬、躊躇してから頷いた。

少年は、少女とは離れた学区に住んでいるようだった。いつもは何をしているのか。普段からあの辺りにいるのか。誰と住んでいるのか。どの質問にも少年は口数が少なかった。もしかしてこれは嫌われているのかもしれない、と零してしまったときは逃げ出してしまいたくなった。
しかし意外にも少年は、嫌いではないと言った。『嫌いではない』良い意味と取っていいのかと確認を取ると、聞くなと言った。少女の心は踊るように舞い上がっていた。
その日、少年はぐちゃぐちゃに潰れたケーキを少女のために買い直した。


少女はそれから幾度か少年と会うことができた。メールアドレスを教えてもらったり、日曜日には例のチョコレートフォンデュの店に行ったりした。
それから3か月が経って、少女は少年に告白をすることにした。初めて会ったあの場所、あのお店の前に来て欲しいという内容のメールを送って、一時間前に待ち合わせ場所に着いた。いつもの制服ではなく、知り合いの医者と妹に見繕ってもらったものだ。少女は胸を高鳴らせながら、少年を待った。

待ち合わせ時間まであと10分になったとき、ふと感じた違和感に振り向いた。後ろにも周りにも人が行き交うだけで何も変わったことはない。少女は何気なく、少年と出会った路地裏へと足を進めた。路地を抜けると、そこは廃車場になっていた。

――『はいしゃじょう』。

その言葉を認識したとき、少女の脳にノイズが走った。
遠くに何かが見える。あれは――、

そしてノイズが消え、記憶が鮮明になる。
あの日、少女の下位個体は、誰かに殺された。「殺された」という意識があったかどうかも分からない。少女達にとっては「消えた」の方が正しかったかもしれない。
その「誰か」。全てのものを嘲笑うような狂喜を孕む視線、血の海の中でも映える白い姿、愉悦に満ちた笑い声。少女が見惚れた全てを、少女は知っていた。

「ミサカは、あなたに殺されたのですねとミサカは確認を取ります」
「……あァ」
「そして、ミサカはもう一度あなたに殺されました。ずっと気付いていましたか、とミサカは問い掛けます」
「気付いてたら会うつもりもなかった。オマエが記憶喪失、いやインストールに失敗した個体だって知ってたらなおさらな」

ふわり。風が一方通行の白い髪を浚っていくのを少女は見た。それはまるで出会った時を思わせる姿で。
少女にとって大切だった数ヶ月を何事もなかったかのように去る彼の背中を見送り、好きだと告げるはずだった唇はサヨナラを小さく呟いた。その瞳に雫があったかは彼女一人しか知らない。






恋が恋になる前のおはなし

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120408

欠陥通行難しい…!
精進します(涙





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