◎電磁通行



季節の変わり目である五月半ば。
寒暖差に対応しきれなかった、まだ幼い身体の打ち止めが熱を出したのはもう一週間前のことになる。一方通行が現時点で「自宅」としているマンションに帰れば、保護者が不穏な空気を漂わせていたため、また打ち止めに何かあったのかと勘繰ったほどだ。結果として体調不良という、一方通行の危惧していた大事には至らなかったが。
それにしても、風邪が移るといけないからと隔離されていたことは遺憾であった。なぜ日中、自分が家を追われなければならなかったのか。恐らく出不精の彼を外出させようという保護者達の不要な気遣いだということだと、聡い彼は知っている。それでも許し難い期間であったのだ。
今思い出しても、あの馬鹿面に空気孔を開けてやりたいとばかりに一方通行は、杖を握る拳に力を込めた。

「この間も遊園地に行ってさー、いや、それはもう混んでたけどな。連休だし」
「……」
「でもかわいい彼女が行きたいって言うんだぜ?男としては連れて行かないわけにはーー」
「……」

簡単に言えば、のろけというやつである。この浜面少年、普段は元暗部の少女達とつるんでいるが、能力差もあり、常に殴られ蹴られの大変哀れな生活を送っている。したがって、かわいい彼女との幸せな毎日を語る相手もおらず、例の少年よろしく「不幸だー」という状況だったのだが、何と幸運なことに手持ち無沙汰でうろつく見慣れた白い少年を見かけたのであった。しかもかなり時間を持て余していそうな。
背に腹は替えられない。少しばかり値の張る食事をご馳走しても、この鬱憤は張らせるだろう。そして一方通行も、この空白の時間をやり過ごせるだろうと考えたのが運の尽きであった。

「……もォいいか」
「まだ時間あるんだろ?コーヒーならお代わりあるぞ。すみませーん」
「オイ」
「まぁ遠慮するなって。それでさ、この前なんか、滝壺に膝枕してもらって、あれは最高だな!」

といった風に押しに押され、時間は潰せたのだが、とにかく大変な目にあった。帰宅したらしたで、熱も何処へやら、けろっとした顔で打ち止めが出迎えてくれた。

「途中でね、お姉様が来てくれてね!お姉様本当はあなたに会いに来たんだと思うんだけど、ミサカが風邪ひいてるって言ったら看病してくれたのよってミサカはミサカはお姉様の母性に甘えてしまったのである!」
「母性?」
「ふっふっふ、気になる?気になる?教えてほしかったらーーあいたっ!お、お姉様に膝枕してもらっただけだもんってミサカはミサカは暴力に訴えるあなたにジト目で猛抗議してみたり……羨ましいでしょってミサカはミサカは悔しそうなあなたの顔を期待してみたり」
「別に羨ましくも何ともねェよ」

打ち止めとのやり取りをにやにやといやらしい笑みを浮かべつつ傍観する下の妹に盛大なチョップを見舞うと、少し気分が晴れたような気がした。
そんなこんなで、体調もすっかり快調の打ち止め達は外出しており、部屋には一方通行一人きりーーではなかった。

「へぇ、あんたも不運な星の下に生まれた口なのかしら。でもあの二人付き合ってしばらくするのに仲良いわよね」

一方通行の空になったカップにコーヒーを淹れて戻ってきた美琴が革張りのソファーにゆったりと腰を下ろす。視線はテレビに向けたまま。
彼女とこうして過ごすことも、両手では数え切れない回数になった。
紆余曲折を経てーーと一言で片付けてしまうには些か無神経とも思われる苦難があった。そうしてあるのが、平穏な日常であり、妹達を守ることを最優先にしながらも彼女のそばにいるという一方通行の選択の末の現在だ。

「よろしくやってンのは勝手だが、俺ァあンなことはもォ御免だ」
「ふふ、あんたには甘すぎるかもね。ま、お疲れさま」

年齢の割に大人びた柔和な笑顔を浮かべつつ、美琴は自分の膝の上を軽く叩く。初めこそ美琴が恥ずかしさで時折漏電してみせたものの、今となっては慣れたものだ。一方通行も安心して横になることができる。

「相変わらず触り心地のいい髪ねぇ。猫っ毛っていうの?ふわふわ」
「知らねェよ」
「シャンプーなに使ってんの?」
「同じのだろ。この前、オマエが置いてっただろォが」
「あ、そっか」

するすると髪を梳いていく感覚が心地良い。母親の記憶など思い出せすらしないのに、なぜか懐かしいと感じる。柔らかい感触に、甘い匂いにみっともなく縋りたくなるのだ。

「どうかした?」

体勢を変えて美琴の腹部に顔を埋めるようにすると、その感覚は一層強くなった。ただ、頭上の小さな悲鳴と抗議が眠りに就こうとする一方通行の意識を引き戻す。

「何だよ」
「何だよじゃないでしょ!そ、そんなとこに顔くっつけないで!」
「あァ?オマエが風呂上りに気にしてることなら気にならねェよ」
「そ、そりゃあ、先週黒子達とケーキ食べてお肉ついちゃったかなって心配はしてたけど……じゃない、ちがう!一方通行!」
「これ以上騒ぐなら手ェどけろ」
「うっ、ずるい」

猫に近付けない美琴が一方通行の髪を撫で回すのを楽しみにしていることは重々承知だった。結局、ブツブツと不平を言いつつもそれ以上抗議を重ねることはなかった。

「これじゃああんたの顔見えないじゃない……」
「はァ?俺の顔見て楽しいのか」
「楽しい楽しくないとかそういうのじゃなくて、……もう、それくらい分かってよ」

膝枕を提供するのは、髪に触れられるのはもちろんのこと、普段よりも近い距離で底無しの赤い瞳を見つめたり、彼の無垢な寝顔だったりを遠慮なく眺めていられるからであった。
それにーー。

「そ、そう、だから見えなくなっちゃったから、……もっと、近くで……いい?」
「……はァ、そォいうことなら素直にねだりゃ良かっ」
「ううううるさい!いいの?だめなの!?」

およそ一週間ぶりのそれに急いていることが分からないように、湯気の立ち上りそうなほど真っ赤な美琴の頬にゆっくりと手を伸ばした。




end.








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