木原数多は目の前の白い少年に医療着を捲り上げるよう言った。研究対象の観察という正当な行為であるだけに、一方通行は何を言うこともなく横で結ばれていた紐を解き、薄い医療着をたくしあげる。
露になった平淡な白い上半身は同じ年頃の子供よりどこか不完全であり、いとも容易く手折れてしまいそうである。木原は綺麗とは言えない白衣の胸ポケットからボールペンを取り出した。その先を持ち、逆側で薄く浮かび上がる肋骨をなぞる。微力を掛けながら確認作業のようにゆっくりと這わしていく。
一方通行はむずむずとした感覚にピクリと肌を震わせた。
「っ、くすぐっ、て ェ」
「オイガキ捩んな」
木原の意図はわからないまま、しかし、言い付けを守ったまま身体を動かさないよう力を込めるが、しまいには胸の中心からへそへ降下するようにボールペンが動くので、堪らず身体がぴくぴくと震えだす。
「‥‥何だよ一方ちゃんは感じちゃったかなぁ?ああ?」
「かンじ‥? よくわかンねェけど、ぞわっ‥てェ」
「にしても肉付きワリィな。つまんねぇわーつっるつるじゃねぇか」
「なァーそろそろ、寒いンだけど‥‥」
まだァ?と首をひねる一方通行は自然と上目遣いになるように木原を見る。その動作は他の者が見れば過保護欲を煽るような愛くるしさ感じとるだろうが、木原は眼下の白い頭をぺちんと叩いた。
「いっ‥‥何なンですかァ!!」
「さっさと下ろしてどっか行っちまえガキ」
「ハァ?木原くンが言ったのにィ‥‥わ、痛、チョップすンな!」
「第一位候補のバケモノがこの程度で音上げてどうすんだっての」
木原のバカー!クソジジイー!と捨て台詞を吐いて一方通行は部屋を出ていく。ぺたぺたと足音が遠くなるのを感じ、木原は呆れたように溜め息を吐いた。全くアイツには困ったものだと思う。
木原は危惧していた。いつか、アイツを実験動物として見れなくなるのではないか、と。
(縛り付けて視覚と聴覚を与えないでみるか?いや人格は残しておかないと能力に支障がでるか‥‥)
アイツはあくまでモルモットでなければいけない。プラス、そこらのモノよりも優れて混沌たる自分だけの現実を保持しなければならない。そうでないと、明日からでもアイツを手放すことになるのだ。
木原のような群を抜いて秀でた研究者が、三流学者もが解明してしまうようなオモチャをいじくっていてはいけないのだ。
簡単に解けてしまうものではいけない。全てを解明されてはいけない。
一方通行を実験動物として研究対象として自分の管理下に置いておくためには手段は選ばないつもりだ。本人の意志は関係ない。
(いっそのこと、アタマに無理矢理スゲェのぶちこんでやろうか)
いつの間にか湧いた情を殺してしまえば、こんなに滑稽な真似をせずにすんだはずだ。が、何故切り捨てれなかったのだろうか。木原はそれだけを反芻させていた。