!)武州の頃のはなし




「オイもう覚悟決めろ」

「やでさ!そんなのいらないんでぃ!」

首根っこを捕まえても尚、抵抗は止まなかった。
総悟は冬になるとよく口の端が乾燥して割れてしまう事があったらしい。そのたびにミツバや近藤さんが薬を塗っていたらしい。だが今回は何故か俺がやる羽目になった。
よく効く薬だから傷口にしみて痛いらしいが総悟はイヤイヤながらもおとなしくしていた、だからトシでも大丈夫だ、と近藤さんに言われた。
既に大丈夫じゃない気がするけども。

「放せひじばかた!お前には関係ねぇやい!」

「あーもー暴れんなくそガキ!んなもん一瞬で終わるだろうが」

「痛みは一瞬じゃねえからやだ!」

ああいえばこういう。だからガキは面倒だ。だが俺も頼まれたからにはやらなきゃいけない。こういう時は百発百中でこいつを黙らせる奥の手を使うのが良い。

「ミツバも近藤さんもお前のために買って来てくれた薬だぞ。気持ちごと無駄にする気か」

「‥‥‥」

ほらな、効果てきめん。唇を尖らせ腕を引かれるままに足はのろのろだが動く。

「オラ、乗れよ」

縁側に腰掛け、腿に乗るよう促すと袴を握りしめて困ったような観念したような表情を浮かべる。

「さっさと腹ァ括れ。男だろ」

「‥‥男だって痛みくらい感じまさあ」

ああだこうだ言いながらも言うことは聞く。きっとミツバと近藤さんのおかげだろう。

「‥‥痛くしたらぶっ殺してやる」

いつも人を小馬鹿にして年下のくせに上から目線で憎たらしいガキが、珍しく弱々しくて目を潤ませてるもんだから、少し加虐心が湧いてしまうわけで。
先ずは柔らかい唇を端から端まで指でなぞる。びっくりしたのか肩が小さく跳ねた。

「むッ、‥‥なにすんでぃ」

「まずは傷口見ねぇと駄目なんだよ」

「‥っ!いたっ‥‥触んじゃねー!」

「あんま口開くとぱっかりいくぞ。大人しくしてろ」

「‥‥もうさっさとやってしまってくだせぇよぉ」


へにゃりと眉を下げ、縋るように腕を握られた。くそ憎たらしいガキがかわいくみえる。ギャップっての?

「うら、いくぞー」

「‥‥きなせぇっ」

片方の手でずれないよう顎を固定し、もう片方の手で薬を指で掬う。傷口にちょいと当てると総悟がびく、と反応した。深く薬が浸透するように擦り込むと「ひっ」と声があがる。

「バカやろ!なにすんでぃ!」

「痛!暴れんなガキ!早く治すためにはしっかり塗り込まねぇと駄目って聞いたんだから我慢しろ!」

「やっ、いた、もっこし優しくやれよッ」

「黙ってねェと終わらねぇぞ」

「、うー‥!」

無理やり口を閉じさせ、迅速に薬を塗り込む。早いことやってしまったほうが総悟にとっても良いと思ったしそれに、

「んぅぅ‥‥‥」

痛みから逃れようとか知らないが無意識に人の膝の上で揺さぶりやがって!しかも痛みに耐える表情が妙に艶やかで、俺にとっても長い時間こんなことしてたら変なもんに目覚めそうだ。シャレにならん。

「‥終わったぞ」

「‥‥いひゃいでしゃあ!」

手を離すといきなり顔面に頭突きを食らう。

「だいたいアンタ手荒過ぎるんでさ!ぐりぐりしつこいし傷口以外にもつけてくるし!」

「不器用で悪かったな」

ぐりぐりしたのは日頃の恨みを込めていたのもあるけど、耐えている表情が可愛かったから、だなんて言ったら頭突きじゃあ済まない気がするので止めておいた。涙目んなってギャンギャン言う総悟をみてつい微笑ましくなって、柄でもなく笑いがおこる。初めはまた面倒ごと押し付けられたと思っていたが憎たらしくないかわいい総悟が見られたし役得だ。

「切れたらまた俺が塗ってやるよ」

「二度とご免でさあ!!」


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