どうやらうちの妹は恋をしているらしい。
最初にその事に気がついたのはエースだった。あんな鈍いやつが何故気がついたのかは一先ず置いとくとして、エースが名無しが泣いていたと独り言のように呟いていた。
バレンタインにチョコレートを渡せずに泣いていたと言うのだ。これを聞いたときは驚きで変な汁が口から出た。
なんせ名無しは妹と言うよりは弟に近い存在だ。 こんなこと言うのはどうかと思うが、負けて悔し涙を流すところは想像出来ても、恋愛で涙を流すところはどうしたって想像出来ない。
そんなこんなでバレンタインから名無しのことを少し観察していたのだが、今回はエースが正しかったようだ。 ふとした瞬間に溜め息を吐いたり、一人でいる時間に悲しそうにしてみたりと、もう恋に恋する乙女にすら見えてしまいそうなぐらい名無しは女になっていた。凄く不気味だ。
「なんて顔してんの」
「……お兄さんだって色々考えることがあんだよ」
煙草をくわえたままぼんやりと考えていたら、いつの間にか名無しが目の前に立っていた。 いつから考え込んでいたのかは自分でもわからないが、煙草の半分が灰になっていたことからだいぶ時間が経っていたようだ。
「サッチが考え事なんてしたら海が荒れるからやめなよ」
「お前なぁ……」
まさかお前の乙女な一面に悩んでるとは言い出せる筈もなく、落ちかけていた灰を水の入ったペンキの缶に落とす。 海風でぐしゃぐしゃになった髪の毛を手櫛で適当に整える名無しは、いつもと変わらないようにしか見えない。
からかうような視線はむしろいつもより酷い気がする。それがなんとなく癪でぐしゃぐしゃと前髪を乱暴にかき混ぜた。
「やめてよ!乙女の前髪になんてことすんの!信じらんない!このダサ髪男っ」
「だっ、ダサ…っ!お前なんつーことを!リーゼントの良さがわかんねぇなんて男じゃないだろ!」
「一応女なんで」
いつものように馬鹿にするように返した言葉に、名無しの顔が少しだけ歪んで罪悪感を感じた。なにも知らなければ見過ごしていたのかも知れないが、事情が事情だけに言葉のチョイスを間違った感が半端ない。
女っぽくないことを気にしている空気が少しだけ混じっていて、自分の中だけでやらかしたという罪悪感がぐるぐると巡る。 名無しはほんの一瞬で立ち直って明るく振る舞っているというのに。
「いやまぁ……女っぽくはねぇけどさ、女っぽくあることが女の良さじゃねぇから!お前にはお前の良さがあるって!」
「なに一人で盛り上がってるの?ちょっと引く」
「こんなに心配してるのに引くとか……お兄さん泣くぞ」
溜め息混じりにそう呟くと、名無しはどうでもよさそうに鼻を鳴らした。
相変わらず可愛いげのない妹だ。でもこんな可愛いげのない妹でも、他の男に泣かされたと思うと腹がたって仕方がない。
「そうだ、これやるよ」
「ポップコーンだ」
「そう」
あくまでも予想だが、多分名無しはバレンタインにチョコレートを受け取って貰えなかったのだろう。それで涙していたに違いない。 そう考えるとぶっきらぼうに渡されかけたチョコレートの意味もわかる。
「お前もこのポップコーンのように弾けろ!お前はお前らしく弾けりゃそのうち幸せになれるから」
「はぁ?」
「この間貰い損ねたチョコレートのお返し。これでも食って元気出せ!」
な?と肩を叩くと、ポップコーンを手にした名無しはなんとも微妙そうな顔をしながらも軽く頷いた。
「お前は可愛いって!うん!可愛い!」
「もうわかったからやめて」
「いーや止めないね!」
元気付けようとして声を荒立てたのはよかったが、名無しまでムキになってきて収拾がつかない。
「もう黙れこの無神経男!ポップコーンなんかいらない!」
「なにが無神経なんだよ!もうじゃああれだ、俺にしとけ俺に!」
「意味わかんない馬鹿死ね!」
「そこらの男よりずっと頼りになるし、なんせお前の性格は熟知してるしな!」
我ながら凄くいいアイディアだと思ったのだが、何故か名無しには泣きそうな顔でビンタされ、マルコにはグーで正面から殴られた。
人魚のナイフが心臓に刺さった
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