私の好きな人は、全然女に興味がない。 いや、これだと語弊がある。正確には女に興味がないというよりも恋愛に興味がないと言った方が正しいのかもしれない。
とにかく、もういい歳なのに女の噂を聞かないし、そんな素振りを見せることもない。 飲み屋で女の子に声をかけることすら殆どないぐらいだからたいしたものだ。
そんな男に恋をした。
報われないことはわかっているし、どうなりたいとかも考えたことはない。まぁ、そう思えるようになったのは片思いしだして5年ぐらい経ってからだったので、あまり偉そうには言えないが最近は振り向いてもらえないことに諦めがついてからは片思いライフも悪くはないと思えるようになってきていた。
ただ、諦めと同時に気持ちを知って欲しいという欲が出てきてしまった。 どうせ目の前できっぱりと断られても諦めきれないのはわかっている。だからこそ言ってしまいたい気持ちが強くなってくるのだ。
もちろん相手の迷惑を省みない自己中心的な考えなのは重々承知している。
でもそんな自分の気持ちを後押しするようにバレンタインの季節がやって来たわけだ。
「と、言うことで本命チョコレートを用意しました」
「うん?」
「本命ですよ本命」
たった今寝ようとしていたクザンは、下げたばかりのアイマスクを引っ張り上げてこちらを見る。 瞼が重そうで今にも閉じてしまいそうなぐらいだ。
「今日はバレンタインなんですよ」
「あー…朝から騒がしいのはそういうわけか」
眩しげに目を細めて鬱陶しいと言わんばかりに短いため息を吐いたクザンは、差し出したチョコレートに視線もくれずにまたアイマスクを下げる。 相変わらず人の話を聞かないし、興味がない。
どこが好きになったのかは、5年前の自分に聞いてみないと分からないが、きっと本能だと思う。
「大将、寝ないで下さい。私のチョコレートを無視しないで下さいよ」
どさくさに紛れて寝ようとするクザンのアイマスクを再び引っ張り上げて、目の前にチョコレートを突き出す。 勿論クザンの表情は面倒臭さ一色で、気遣いなんて一切感じることはできない。
大将としては有能なのだろうが、男としては誉められた感じではないのは確かだ。
「いらない、って言われるの待ってるの?わざわざ嫌なことオジサンに言わせないでよ」
目の前で露骨に迷惑そうな顔をされているのに嫌だとか悲しいなんて感じない。 寧ろきちんとこちらを見て向き合ってくれていることに喜びすら感じてしまう。
この気持ちが我が儘で自己中心的だとわかっていても、どうせ報われないのならこのぐらいは許されるような気がする。
「好きです。青雉大将」
「なんでそんな不毛なことするかなぁ。名無しちゃんのことだから答えは聞かなくてもわかってるんでしょうが」
顔を覗き込むように傾けると、クザンはわざとらしく顔を反らした。 厚い唇から漏れる困ったようなため息と恨み言のような言葉が自分に向けられていることが嬉しくて頬が緩んでしまった。
「チョコレート、貰って下さい。あとで捨ててもいいです。でも起きたときに忘れないで下さい」
押し付けるようにチョコレートを渡すと、クザンは珍しく苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらを見上げる。
クザンにこんな顔をさせた女はきっと自分だけだろうと思うとなんだか凄く気分がよかった。
貴方が好きだと私は言う
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