その女は今は目の前で焼きそばパンを豪快に食べている。


「スケッチブック」

「ふごっ」


ぼそりと呟くと、名無しは鼻から勢いよく吹き出して、左手で口と鼻を押さえた。
押さえた手の薬指にはエイプリルフールに渡した指輪がしっかりと填まっている。

最初は中指に付けていたのだが、二三度頭を小突いたら気がついたらしく薬指に移っていた。


「……ちょっと鼻から焼きそばが出かけたじゃないですか」


ううっと唸りながら鼻を啜った名無しは恨めしげに睨み付けてから、また大きな口で焼きそばパンを頬張る。


「俺はスケッチブックと言っただけだが?」


参考書を見ながら咀嚼を繰り返していた名無しは、ごくんと飲み込んでから気まずそうに目を反らした。


「それは、その……あれですよ。黒歴史的なものが私にもあるんです、色々と」


参考書の端をぺらぺらと指で弄りながら言葉を濁らせる名無しは、前に見たときと同じような反応をする。
都合が悪くなった時の反応は社会人になった今でも変わらないらしい。


「……」

「言いませんよ」


特になにも言わずにいたら、いきなり名無しが拒否し出していよいよ馬鹿だと思った。


「別に聞く気はねぇよ。自動販売機に登ってスカート破ったとかそんな話」

「……ローさん、いつからエスパーになったんですか?」


怖がるような感心するような不思議な表情を浮かべた名無しは、訝しげな顔をしたまま焼きそばパンにかじりつく。

前々からちょこちょこヒントを出しているつもりではいたが、名無しは気がつかない。
多分この先も気がつくことはないのだろう。


「お前、本当に馬鹿だな」

「感心したように言うのは止めてください」


黒歴史になるぐらいの記憶なら、相手の顔も覚えていてもよさそうなものだ。


「なんですか?もしかして青のり付いてますか?」


たいして良い思い出とは言えない過去に意識を飛ばしていると、名無しは全く検討外れなことを心配して、隠れて鏡を覗き込んだ。


「シャチさんのところの焼きそばパンって最高に美味しいんですけど、青のりだけが難点ですよね」

「俺にとっても十分黒歴史だ」

「へ?」


まさかあんなところで出会った馬鹿みたいな女に自分の描いた建物を見てもらいたいとずっと思っていたなんて、多分死ぬまで言える気がしない。










自販機上の鼠





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