会社に報告したら、両手を上げて喜んでいた。
出来れば断っていただきたかったのだが、会社がオッケーを出してしまったらそれは仕方ない。仕事の一環なんだと思い込んで頑張ることにしたのが、朝会社を出るとき。
既に帰りたいと思ったのがローの事務所について10分ほど経った現在だ。
「こ、これは‥一体…」
気合いを入れてローの事務所の敷居を跨いだのはよかったが、案内されたのはごみ置き場みたいな場所だった。
「俺のプライベートの書斎だ」
「しょ、書斎…」
このゴミ置き場は書斎と呼んではいけない気がする。
別に異臭がするわけでもごみが置いてあるわけじゃないけれども、足の踏み場がないぐらい本が散らばっている。
新書やパンフレットなども混じり込んでいるが殆どは趣味で読んでいるであろう小難しそうな本ばかりだ。
「す、素敵なお部屋デスネ」
とにかくこれは仕事で、ローは今会社の命運を握っているといってもいいほどの存在であり、口答えしていい相手ではない。
いくらごみ置き場みたいでも、それを口にした瞬間に首が飛ぶと言っても過言じゃないわけだ。
「汚いから片付けろ」
「あ、ローさん自覚はあるんですね」
「なんか言ったか?」
「いいえ‥」
「ならいい、3時間で片付けろ」
「さっ!?」
「3時間だ。死ぬ気で頑張るんだったな、タイル屋」
いや、死ぬ気で頑張るなんてそんなこと一言も言った覚えはないのだけれど。
それでももう名無しに残された答えは肯定しかない。
「‥はい、頑張ります」
まさか部屋の片付けをしろと言われるなんて思いもしなかったからスーツで来てしまった。
まぁ片付けだと言われても仕事である以上まさかジャージで来るわけにはいかないので同じことだが、明日からはパンツスーツで来ようとおもった。
「さて‥どこからどう片付けたいいのかさっぱりわからない」
ローが視界から消えたのと同時に肩をがっくりと落とした名無しは大きくため息を吐いて、埃を被った本に息を吹き掛けた。
ふわりと埃が部屋に待って、柔らかく差し込んで来ている光の筋に消えていく。
古そうな背表紙を手で拭うと指の腹にはびっしりと埃がくっついた。
毛叩きがないと絶望的だな、なんて思っていたら、それらしきものが元机であったであろう本置き場の隙間から見えた。
これだけの本があれば毛叩きぐらいあって当然と言えば当然。
無理矢理本の隙間から引き出すと、埃がまた沸き上がる。
「けほ‥」
喉奥に入り込んだ埃に軽く咳をした名無しは先の見えない本の空間にまたため息を一つ。
それからスーツの上着を脱いで、唯一ある空間ローがいつも座っているであろう大きな椅子の背もたれにかけた。
相変わらず寒いぐらい効かされたクーラーのおかげで、汗ばんでいた身体がぶるっと小さく震える。
「あと2時間54分。取りあえずやるっきゃない!」
白いシャツの袖を捲り上げて、ぎゅっと持ち上げた名無しは少し荒めに鼻息を鳴らして、積み上げられた本のタワーを見上げた。
見た目はお城、中はごみ屋敷
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