通されたのはまた別の部屋で、ここもまた冷房が効きすぎなぐらい効いていた。
この調子だと多分一日中つけっぱなしなのだと思う。
スーツを着込んだ名無しですら寒いと言うのに備え付けられた業務用のクーラーはごうごうと風を精一杯吐き出しているからこれまたびっくりだ。
「で?何屋だ?」
大きなソファにダルそうにふんぞり返ったローは、大きく手を広げてソファの背もたれに沿って腕を這わした。
「フーシャタイルと申します。タイルを主に扱ってます、何度かこちらにはご挨拶に伺わせて頂いてるはずですが、改めまして。名無しと申します、この度はお忙しい時間‥」
「サンプル持って来てんのか?」
「はいっ」
話を遮られたが、サンプルは見てくれるらしくちらりと視線が名無しの方を見た。
大きな鞄から取り出した資料やらサンプルを自分の目の前に積んで、タイルのサンプルと色見本だけをローの差し出された手に渡す。
「……」
ぱらぱらとたいして目にも入れずに捲っていくローは全部見終わったと同時にサンプルを硝子製のテーブルに放った。
氷を思わせるようなそのテーブルは見ているだけでも寒くなる。
「いかがでしたでしょうか‥他社にも劣らないと」
「まぁ、別に違いはねぇな。それだけだろ」
はっきりとした口調でそう言ったローは、前のめりになって両膝に両肘をくっつけて前で手を組んだ。
この光景だけ見たら一級建築士だなんて思えない。
確かに顔は整っているし、イケメンの分類に間違いなく分けられるのだろうが、先輩達が言っていた通り居丈高そうな人だ。
「何かしら他のタイル屋に勝ってるものがあんのか?」
「それは‥っ」
弱小会社だけにそんなものは一切ない。値段も大手からしたら高い方になるだろうし、タイル自体に特化した点はない。
「ねぇなら別にお前のとこの会社を選ぶ理由なんてねぇだろ」
口角を引き上げて傲慢そうに笑う表情が不気味すぎるぐらい似合っている。
「あ、あります!」
なんだかもやもやして気が付いたら立ち上がってそう叫んでいた。
ローは面白そうに歪めていた眉を片方だけ器用に上げて、立ち上がった名無しを見上げる。
見上げられているのに、見下されたような視線は未だ健在だ。
「じゃあその他の会社に勝るもんとやらを見せろよ」
ニヤニヤと展開を楽しむように笑うローに、なにも考えずに口走ってしまった名無しの頭の中は暴風雨状態だ。
なにも見えないし聞こえないし、とんでもないことを口にしてしまったと今更ながら後悔する。
「お前のところの会社が他社に負けないもんはなんだ?」
見透かしたように笑うローに、無意味にぱくばくと動く唇が虚しい。
「ないならとっとと帰れ。さっきも言ったが俺は暇じゃねぇんだ」
「し、仕事にかける思いだけは負けませんっ!うちのタイルを使って頂けるならどんな努力も惜しみませんっ!!!」
「………」
言い切ってからハッとしたが、物凄い馬鹿な発言をしたと我ながら思った。
時間を戻せるなら就職する前辺りまで戻りたい気分だ。
「す、すみませ‥」
「面白いな、お前。何でもすんのか?」
「え?いや‥出来る限りローさんのお役に立てるよう頑張りたい所存です‥」
肩を揺らしたローは相変わらず不機嫌そうだったが、最初に垣間見せたような威圧感はなかった。
「ならお前の頑張りとやらを見せて貰おうか、タイル屋」
「え?は、はい‥」
「明日から2週間、毎日俺のところに通え。2週間お前の働きぶりを見て使うか使わないか決める。会社にもそう伝えろ」
「え、あ、いや‥」
「わかったら返事だ、タイル屋」
「は、はい!!」
うむを言わせないようなローの態度に、名無しはぴしっと背筋を伸ばして返事をすることしか出来なかった。
こうして地獄は始まってしまうわけだ。
未知なる世界
back