都心から然程離れていないのに澄みきった自然がそこにはあった。

一人旅、そして予算の関係上あまり遠くに出掛けることは出来ずに、一番近場でリーズナブルであろう旅館に決めた。
元々は何十年と続いた老舗旅館だったらしいが、老朽化を期にローに建て直しを依頼。
今の女将の自然との僅な不調和と言う少し変わった意向を汲み取って今の旅館の形になったらしい。


「一人旅、素敵だわ」


女将の意向を理解したのは、部屋の案内を受けたときだった。
黒髪の鼻筋の通った美人な女将は、どこか浮世離れしていて、異様に静かな空間はまるで別世界のように思える。


「ローさんが設計されたんですよね、ここって」

「ええ、それがご縁でよくうちにも通って下さるのよ。よくその庭から建物を眺めているわ」


綺麗に整えられた庭は、小さな川が流れていて少し歪な小石が敷き詰められている。
そこから離れのような建物を眺めているローがうっすらと透けて見えるようだった。

ローは人間に対しては居丈高なタイプだが、作品にたいしてはかなり愛着を持つタイプらしい。建設予定の美術館や、自分で直接的に手掛けてない駅前の商業ビル。ローの部屋の本棚にも自分が手掛けた建物を特集した雑誌が沢山置いてあった。


「建設関係のお仕事をなさってるのかしら」

「え?」

「不思議な目で建物を見ていらっしゃるから」


クスクスと目を細めて綺麗に笑う女将は、離れの扉を開いて中に促すように首を軽く傾けた。
こんなに美人なら人生が薔薇色なんだろうと何となく羨ましく思った。そしてこんなに美人ならばもっと違う選択肢があったのかもしれないとも。


「夕食は6時に運んでくるわ。それまではゆっくりしていて」


優しく笑う女将が肩を撫でるように触れた瞬間、自分の目元からぱたり、と涙が落ちた。
その時初めて自分が泣いていることに気がついた。














鼠、寅を想う


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