ごうごうと勢いよく冷気を吐き出す業務用のエアコンは、ここ最近威力を増している。
外の気温が下がってきた証拠だろう。

本が散らかりっぱなしの部屋は慣れすぎて落ち着きすら感じるぐらいで、人がいない空間は心地がいい。
今までずっとそう思っていた筈だったが、ここ2週間でその感覚が少し薄れた気がする。


部屋はどれだけ散らかしても毎回片付いてて、気が付いたらエアコンの設定温度が勝手に5度ぐらい上げられていて、常に誰かが事務所の中を徘徊しているのが当たり前。
だから誰の気配もしない今日はあまりにも静かに感じる。

エアコンの音が耳につくのはそのせいもあるだろう。


「キャプテーン」


朝からたいして進んでいない本を閉じて机の上にできた山に更に積み重ねる。
何冊も机の上に乗っているせいか、本棚の中は隙間だらけで倒れた本がガタガタと歪になっている。
上の方だけ崩れないのは、名無しが学習してあまり読まない本が並べられているせいだ。

ずかずかと近づいてくる足音に短くため息を吐いたローは、背中を背凭れに預ける。ギィ、と苦しそうに椅子が鳴いたと同時に書斎の扉が開いた。


「キャプテン、いるならちゃんと返事ぐらいしてくださいよー」


呆れたような声を上げたシャチが寒っ、と呟いて身体を大袈裟に震わせる。
それと同時にパンの匂いが仄かに部屋の中に広がった。


「今日は受付の子いないんすね」

「お前が嫌で辞めたんだ」

「え?俺なんかしました?」


ぎくっと顔を強張らせたシャチが、わかりやすいぐらい声色を変える。
シャチとは高校時代からの腐れ縁だが、グチグチ言いながら距離を取ろうとしない。


自分で言うのはあれだが、人付き合いは得意な方ではない。
思ったことははっきり言うが、人にたいしての感情を言葉にするのが上手くない。

だからなのか昔から素っ気ないと言われることが多かった。


「名無しはジョーカーに潰された」

「名無し?ああ、あの受付の子っすか」

「なのに俺に一言も言わずに居なくなった」


ぽつりと呟くと、シャチはたいして興味なさそうに曖昧に頷きながら自分で持ってきていたパンにかじりついた。
部屋の中に香ばしいソースの匂いが一気に充満した。














虎の心鼠知らず





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