ズキズキと痛む頭は二日酔いだけのせいではない。


名無しは痛む後頭部を軽く押さえながら事務所のドアを開けた。
相変わらずローの事務所は朝から冷房が効きすぎている。
だが、昨日の酒がちょっと残っている名無しには気持ちいいぐらいだ。


「おはようございます」


解雇はされてしまったが、ローとの約束は最後までやり遂げることにした。

勿論ローには解雇されたことは言わない。どの道今日で手伝いもおしまいだ。
自己満足だとはわかっているが最後までやり遂げたい。


ノックをして書斎に入ると、相変わらずローがこちらに背中を向けて仕事をしていた。


「……いつにも増して酷い顔だな」


いつも通り勝手に書斎の整理を始めていると、ローの呆れた声が聞こえて本を集める手がビクッと震えた。
他人には興味がなさそうなローだが、一言一言が的確で返す言葉に困ることが多々ある。

今日は思い当たる節があるから余計に、だ。


「昨日飲み過ぎました。ちょっと二日酔い気味で…すみません」


不自然に止まってしまった手を動かしながら軽く笑うと、回転椅子が鳴くのが聞こえた。
背中が向いているのをちらりと確認してから短くため息を吐き出す。

明日には今やっていることも、会話もなんの意味もなくなってしまうんだろう。
ローとこうやって話をすることもなくなって、こんな風に掃除に明け暮れることもなくなる。

嫌だ嫌だと思っていた日常だったが、いざ無くなるとなると寂しいものだ。
慣性で生活してきた自分がいかに無駄に過ごしていたのかがわかる。



その日はこの2週間で最も丁寧に、そして綺麗に掃除をした。
そして受付の机にちょこんと座りこむベポの頭を強めに撫でる。
あどけない顔をしていた筈のベポの表情が悲しそうに見えたのは、自分の感情を重ね合わせてしまったからかもしれない。
ちょこんと付いた目と、少しだけ開いた口がなんとなく悲しい。


終業時間を告げるように時計からオルゴールの音が流れる。
何て言う曲かはわからないが、どこかで聞いたことがある夕暮れによく似合う寂しげで綺麗なな曲だ。
ここ2週間常に聞いていた筈なのに今日初めてまともに聞いた。


「おい」


布巾を握り締めたまま時計を見つめてぼんやりと佇んでいた名無しは聞き納めになるであろうローの声にゆっくり振り向く。


「お前、俺になんか言うことがあるんじゃないのか」


最初となんらかわりがない素っ気なさと居丈高さがローらしくて、嫌だったはずの空気が心地よく感じる。


「……2週間、ありがとうございました」












さよならの代わりに



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