ぐきゅるるる。
切ないような声をあげるのは、腹の底で存在を主張している腹の虫だ。
打ち合わせが長引いているのか、ローは全く奥から出てくることはなく、名無しは相変わらず客の来ない事務所の方で受付をしている。
寒い冷気を容赦なく吐き出し続ける業務用の強力なエアコンのおかげで温かかったパンは冷たくなり、名無しの身体も芯まで冷えきってしまった。
折角ほかほかで香ばしい匂いを振り撒いていたパンだが、今ではなんの匂いもしない。ローにはきっとこのことの重大さがわからないだろう。
テーブルに頭を乗せて、冷えきってしまった紙袋を見つめた名無しは長い長いため息を吐いた。
寒い部屋には最初に見かけた白熊がよく似合っている。名前はベポだったか。白いふわふわな毛で覆われているくせにオレンジのツナギまで着て実に暖かそうだ。
暫くベポを見つめていた名無しだったが、誘惑に負けて頭を軽く叩いて撫でる。
見た目はふわふわそうだったが、意外に硬くチクチクしていた。
「お腹空いたー」
きっと焼きそばパンが目の前になければこんなに切なく腹の虫が鳴くこともなかったのだろうが、好物を目の前にぶら下げられていれば当然の自然現象だ。
がさがさと紙袋を掴んだ名無しは穴が開くぐらい袋を見つめた。
丁度その時、奥へと続くドアが開いて業者の人間がぞろぞろと出てきた。
その後には珍しくローもついてきて、出ていく業者を見送る。いつもなら見送りなんて絶対にしないのに、今日は相当機嫌がいいらしい。
整った顔は相変わらず険しいが、ローの機嫌は表情からは読み取れない。
名無しも一応頭を下げて見送った。最近はこの人気のない場所にいることに違和感を感じなくなってきた。
「ローさん、さっきキャスケットを被った方が来てこれを置いていきました」
完全に業者が居なくなったことを確認してから少しくしゃくしゃになった紙袋をローに差し出す。
それを見たローは、軽く首を傾げて不思議そうに口を開いた。
「なんだ、食わなかったのか」
「え?」
「やるよ。嫌なことばっかりさせてる自覚はあるからな」
冷えきってしまったパンとローの顔を交互に見合わせて名無しはごくりと唾を飲み込んだ。
「ありがとうございますっ」
ここ最近で一番嬉しい出来事だった。
肥らされる鼠
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