暑さのピークは過ぎたのか、最近は少しだけ秋の気配がする。
とは言ってもまだまだ暑いことには変わりはないのだが、ここまでガンガンクーラーをつける程ではない。

室温設定は常に16度。
涼しくなったからと18度まであげてみたが、ローが通った後には16度に戻されていた。
16度と言えばもう重ね着しないと寒いぐらいの室温なのだが、ローは薄い長袖のシャツ一枚で平然としている。

きっと冬になり、16度を下回れば歓喜のあまり震えるのだろう。


「お疲れさまーッス」


事務所の大きな窓を拭いていたら、突然ドアが軽快に開いて暖かい空気が肌を掠めた。

キャスケットを被った体育会系の口調の男は、当たり前のように事務所に入ってきて相変わらず寒ィ!と恨み言のように呟きながら身体を震わせる。


その風貌からは決して想像できない可愛らしいハートエプロンを身に付けている男はぐるりと事務所を見渡し、名無しの姿を確認してから軽く頭を下げた。


「えーっと、キャプテン…います?」

「えっ、あ、ローさんなら今打ち合わせ中で……。もう少しでで終わると思いますけど」


キャスケットを取り、低姿勢のままヘコヘコと頭を下げる男に釣られて、名無しもヘコヘコと頭を下げながら答えた。
端から見たらとんでもなく奇妙な光景だが、意外と営業をしているとよくある。
営業同士というのは敵でもあり味方でもある。お互いに腹を探り合いながら情報交換なんて普通のことだ。


「最近手伝いに来てるっていうタイル屋さんってやつですか」

「え?ああ、はい。そうです」


暫く黙っていたキャスケットの男は名無しの方をジロジロと品定めでもするように見てから、納得するように軽く頷いた。


「つまり焼きそばパンの人?」


ピッと名無しを指を差したキャスケットの男に、思わず背筋を伸ばす。そしてエプロンにくっついたハートの中にハートのパン屋の文字を見つけて目を疑ってしまった。

ハートのパン屋さんだなんてラブリーなネーミングからは程遠い今時の男が、まさかあの素晴らしい焼きそばパンを作り出しているなんて信じられない。


「キャプテンが焼きそばパン頼むなんて珍しいと思ったんだよなー!」


目を点にしていた名無しを無視してニカッと歯を見せて笑ったキャスケットの男は、ちょっとくしゃくしゃになった焦げ茶の紙袋を名無しに押し付けるように渡す。


「あの、」

「じゃあ俺まだ店があるんで!キャプテンによろしく言っといて」


一人で話を進めて納得したキャスケットの男は口笛を吹きながら風のように去っていった。
紙袋越しに伝わってくる柔らかで暖かい感触にお腹の虫が鳴いた。











見えないチーズ


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