その日の商業ビルはリニューアルオープンしたばかりだったらしく、想像を絶した人混みに名無しはひたすら流されるばかりだった。
行きたい方向には行けず、みんなが進む方に進み、興味のない店を覗いたりしてよくわからないまま時間が過ぎていく。

ざわざわと騒がしいビル内は広く空間がとってあるものの、二酸化炭素が充満していて暑苦しい。


「…痛っ」


ヒールで足先を踏まれて反射的に踞ろうとすると二の腕を引かれて人混みの中から引っ張り出された。
息苦しかった空間から少しだけ酸素の多い場所に出て、空気が少しだけひんやりとする。
暑さのあまりにクーラーがかかっているのかも不思議なぐらいだ。


「なにしてんだこんなところで。あんなところで立ち止まったら押し潰されるのがわからねぇのか」

「足を踏まれちゃってつい……助かりました。ありがとうございます」


呆れたような声が頭上から降ってきて、反射的に謝るとローの顔を確認してから頭をもう一度下げた。
踏まれて足先は未だにジンジンとしている。オープントゥなんか履いてくるべきではなかったと激しく後悔した。


「それにしても凄い人ですね、リニューアルオープンしたとは知らなくて。ローさんはお仕事で?」

「事務所のあまりの汚さに耐えられなくなって暇を潰しに来た」


淡々と口にするローは、やれやれといった様子で肩を軽く竦めて見せるが、昨日片付けたばかりなのにあまりの汚さに耐えられなるほど汚せるローはある意味凄い。人が休んだから仕事が捗らないなんて八つ当たり以外のなにものでもないだろう。


吹き抜けのせいか、妙に空気のいい空間に短く息を吐き出し空を見上げた名無しは、持っていたデジカメで写真を撮った。
数枚写真を撮った後に気がついたが、この商業ビルはジョーカーとローが揉めていた物件だ。
そんな物件を写真に収めているのを見たら、またローの機嫌が悪くなること間違いなしで、慌ててローに向かって口を開く。


「こ、ここの部分、ローさんがデザインしていたところと違いますよね。ローさんがデザインしていた通りに作ってればもう少し人の流れがよかったと思うんですけど」

「……」


慌てたせいか、はたまた機転が利かないのか。思わず口走った言葉はローの神経を逆撫でするような言葉だった。人気建築士にたいしてタイル屋が口を出すなんて。


「今日は休みですが、事務所の掃除をさせてください」













口は災いのもと




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