昼間に出ていったローは勤務終了時間になっても帰ってくることはなかった。
待ってみようとは思ったが気紛れなローのことだ。帰って来るという保証すらない。だから仕方なく戸締まりをして鍵を持って帰ってきた。
あの騒動の後、役員の人と少しだけ話をしたが、どうやら施工上上手くいかないところがあったらしく修正を頼んだら、イメージと違うと怒ってしまったとのことだ。
話の合間に設計図をちらっと見たが、夢がつまったようなデザインだった。
美術館らしいのだが、重厚な感じではなく寧ろポップな印象。それなのに周りから浮いてしまうこともなく昔からそこにあるように馴染んでいて、ローの感性の高さを改めて再認識させられてしまった。
あのデザイン画が描けるのはローだけだろう。人柄からは決して想像できない。
ぼんやりと考えながら歩いていると、騒動の発端になった美術館建設予定地に辿り着いた。
「ローさん」
まだなにも施されていない空き地には、美術館の建設予定日や工事の日程が書かれた看板が刺さっていて、それをローがまじまじと見ていた。
いるかどうかははっきりわからなかったし、なんの根拠もなかったがローの設計図を見ていたらここにいるような気がした。
「…よくわかったな」
「女の勘ってやつです」
「そう言えば生物学上は一応女だったな」
「……そうです。大雑把に分けると女に分類されます」
日はもう傾いているのにじわじわと地面から熱が上がってきて、汗が滲み出てくる。
それなのにローときたら長袖をきているのにも関わらず汗ひとつかいていない。クーラーの中に隠っているから汗腺が機能していないのかもしれない。
「仕事は仕事だってあっさり割りきるものだと思ってましたけど、意外にも熱いんですね」
施工業者との折り合いで妥協するということは珍しいことではない。
ある程度お互いに折れていかないと、作業というものは円滑には進まないのだ。ローは見た目的にそういったことにはドライなのかと思っていた。
ローの顔を見ながらしみじみとそう呟くと、持っていた事務所の鍵を差し出した。それを当たり前のように受け取ったローはまだ雑草が生えている土地を見てから目を伏せる。
「思い通りにならないことが気にくわないだけだ。特に意味はない」
ぶっきらぼうにそう呟いたローだったが、美術館のコンセプトが子供に与える夢だということを考えれば何となく察しはつく。
「美術館、ローさんの設計した通りに出来るといいですね」
名無しの言葉にローは不満そうに眉間にシワを寄せた。
夢見る寅
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