ローの印象と言えば、クールで居丈高で取っ付きにくい天才。
斬新且つ機能的なデザインをぽんぽんと発表するが、言いたいことは我慢せず、嫌味を淡々と口にする。


そんなイメージを持っていた名無しだったが、今そのイメージが崩れかけているところだ。


「……」


施工会社の役員らしい人間と打ち合わせをするから茶を煎れろと言ったローに従いお茶を運んできたのだが、部屋に入ろうとノックをしようとした瞬間にローの怒鳴り声が聞こえてきたのだ。
驚きのあまり持っていたお盆の上で湯飲み茶碗が踊り、お茶が溢れてしまった。

何と言ったのか正確には聞き取れなかったが、少なくてもくだらない冗談や日常会話ではないことぐらいはわかる。


訝しげな舌打ちが目の前で聞こえたすぐ後に扉が開いて、眉間にこれでもかと言わんばかりにシワを寄せたローとご対面することになってしまった。

お茶を煎れに行ったほんの何分かでローの機嫌がここまで悪くなるとは思ってもおらず、思わずたじろいだ。


「あの、お茶を……」


怒りマックス状態のローを目の前にお茶が溢れた、なんて言い出せるはずもなくとりあえず煎れたことをしどろもどろに報告する。
その言葉にギロリと名無しの手元を睨み付けたローは、初めて見たときよりも随分とおっかない顔をしていた。


「いらねぇ」


吐き捨てるようにそう呟いたローは壁に八つ当たりをしながら事務所を出ていってしまった。
出て行くとこはみていないが、閉まる扉閉まる扉全てが盛大な音を立てていたので、出ていったということは容易に想像出来る。


「……」


事務所の社長が出ていって、残ったのは媚売りのタイル会社と施工会社の役員だけだ。
開けっ放しになっていた扉の向こうには重々しくため息を吐く役員の姿。


お茶を持ったまま棒立ちしていた名無しは居たたまれない空気に耐えられずに軽く会釈をして部屋に入った。
せっかくお茶を煎れたのだから出してしまおうとお茶を差し出すと、役員らしき男が軽く会釈を返した。


「……なんか、すみません」

「いえ、こちらこそ…すみません」


全く関係のない二人がペコペコと互いに頭を下げて、短くため息を吐いた。
相変わらずフル稼働のクーラーは喧しく冷たい風を吐き出し続けた。











ペコペコ鼠



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