勤続4年目にして初めて一人で有名な一級建築士の個人事務所に営業に行くことになった。

名無しの会社は主にタイルを扱う会社だが、いかんせん弱小会社。そこで今一番話題性のある一級建築士に使用して貰えれば国内シェアも少しは拡大するのではないかと言う小賢しい作戦に打って出ることになった。
とは言っても、今回の営業先に訪れた先輩全員がけんもほろろに追い返されてしまい、一番経験の浅い名無しにとうとうお鉢が回ってきてしまったと言うわけだ。


「憂鬱過ぎる‥」


約束の時間にはまだ2時間あるのを確認しながら名無しは最終確認として持ってきた資料を喫茶店のテーブルに広げて目を通す。


先輩達が言うにはとにかく居丈高な人で、説明もろくにさせて貰えなかったとかなんとか。
それを思い出しただけでも胃がキリキリと痛む。

小口取引しか受け持っていない名無しからしてみればかなりのチャンスなのだが、先輩達が取れなくて自分に取れたら奇跡以外のなにものでもない。


「えーと…これがうち独自のタイルで、こっちは値下げ可能」


資料を蓋をしたままのペンでなぞりながら昨日からずっと同じことを繰り返している。
晩御飯なんて食べれなかった。

もう緊張どころの話じゃない。きっと終わった瞬間に力尽きて死んでしまうと思う。

まだなにもしていないのに震える手で冷めてしまった珈琲を口に運ぶ。
カップの縁が歯に当たってカチカチと情けない音を立てるのが何だか虚しくて、緊張故か一人で小さく笑ってしまった。

紫外線防止加工の施された窓の外は照り付けるような日差しで、道行く人達も暑そうにしている。


それもそのはず、今日は今季の最高気温になるとニュースでやっていた。
スーツの上着を持って忙しなく歩いていくサラリーマンもどこか営業に行くのだろうか。
そう思ったら妙な仲間意識みたいなものが芽生えた気がした。


「はぁ…」


今回名無しが訪れる先の資料を鞄から取り出す。
名前はトラファルガー・ロー。いかにも攻撃的そうなどこかの国にありそうな名前だ。

いきなり出てきた新人でどこも目をつけていなかったらしく、気が付いたら超人気建築士になっていて、最近慌てて施工会社が取り入るようになった。
どこの会社もやることは同じだ。
賞を総なめにして、今やトラファルガー・ローに手掛けてもらいたいと言う人は後を絶たない、らしい。
実際のところ名無しは特別興味もなかったし、そんなに知らない。
そんな名無しの為に先輩達が知ってる情報を持ち寄ってこの資料を作ってくれた。
資料によれば名無しと同じ年で、目の下にすごい隈があるらしい。忙しくて寝不足なんだろうか。それを考えると忙しいのも考えものだと思う。

資料の横に黒髪のイケメン!とシャーペンで書いたのは多分ナミだ。


笑わそうとしているのか、なんかのかは知らないがナミがイケメンなんて言うなんてよっぽど整っているんだろうと思った。
それぐらいナミのイケメンの基準は高い。



時計を確認すると、約束の時間まであと30分。
この喫茶店から事務所までは約10分。
そろそろ出なくては、と資料をぎっしり詰め込んだ鞄を持って、伝票を指の間に挟んだ。









こんにちは、地獄の日々


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