車内は想像していたよりも広く、座席も柔らかい。走っている実感がないほど車内は静かだ。
貧乏性の名無しには居心地の悪いことこの上ない。


「フーシャタイルは随分景気が悪いみたいじゃねぇか」


座り慣れていないせいでもぞもぞと座席の上で動いていた名無しにジョーカーは突如口を開いた。

ジョーカーと言えばこの不景気の中右肩上がりで成長を続ける化物建設会社だ。そんなところと比べられたらどこの会社だって頷くしかないだろう。


黙っていた名無しを見たジョーカーは、馬鹿にするように口元をつり上げる。
仕事上色々な人間会ってきたが、こんなに悪い笑い方をする人間は初めて見た。ここまで悪意を含む笑みができるということがある意味驚きだ。


「フッフッフッ、そう睨むんじゃあねェよ。これはお前にとってもフーシャタイルにとってもビックチャンスだ」


白い歯を惜しみ無く披露するように笑ったジョーカーは一枚の名刺を名無しに差し出した。
そこには株式会社ジョーカーの文字と共に、代表取締役ドンキホーテ・ドフラミンゴの文字が並んでいた。
目の前にいるのがジョーカーのトップだと思うと、無意識に手が震える。

弱小会社の平社員からすれば業界トップに会うなんてことは芸能人に会うのと同じぐらいハードルが高い。


「…」

「うちの仕事を回してやってもいいって言ってるんだ」


あからさまに訝しげな顔をした名無しにドフラミンゴはまたニヤリと笑い、ゴツい指輪を填めた指を宙で動かした。
悪徳そうな顔には似合わない柔らかい香りが鼻を擽る。


「…デザインを盗めって言うんですか」


名無しの言葉を聞いてドフラミンゴの口元が更につり上がる。
そうだとも違うとも言わない。

ドフラミンゴはただ笑うだけだ。本当の悪人と言うのはテレビドラマのようにペラペラ喋らないらしい。


「よく考えるんだな。ローのやつに媚を売り続けて生きるか、俺の下で甘い蜜を吸うか」


怪しくサングラスが光り、それと同時に車が止まった。

窓から見える風景は、自宅付近の庶民じみた風景だ。日も暮れかけているのに暑そうなのが見て取れる。


住所は教えていないのに的確に停まるところを見ると勝手に住所を調べたらしい。
社員証を奪っていったのは調べる為だったのかとある意味感心してしまった。こんな下っ端社員を調べてもなんの得にもならないだろうに。


「…もしドフラミンゴさんの言うことを聞かなかったらどうなるんですか?あくまでももしも…」


静かに差し出された社員証を受け取りながらドフラミンゴの顔を盗み見たが、その表情は変わることなく薄い笑みは貼り付けられたままで不気味なほど冷たく見えた。








笑う桃色の鳥




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