勤務時間が終わり、やっと帰れると安堵して肩の力を一気に抜いた。
仕事が終わった途端、デジタル時計の瞬きが早くなった気がしたのは居心地の悪さからかもしれない。

腹の底に溜まった重苦しい空気をゆっくりと深く吐き出し、少し眠そうな顔をしているベポの頭をぽんぽんと優しく撫でた。

「おい、もう帰っていい」


開かずの扉だったドアがいきなり開いて、隙間からローが顔を出して無愛想な口調でそう言った。


「あ、は、はい!お疲れさまでした!」

「…お前、社員証どうした」


慌てて椅子から立ち上がった名無しの胸元に視線を下ろして、眉を顰めた。
先ほど来たジョーカーの恐ろしい顔が衝撃的すぎて忘れていた。
ローの言葉にちぎり取られてしまったことを思い出して寂しくなった胸元に手を這わせる。


「さっき来たジョーカーって方が、何故かちぎって行きました」

「……」


ジョーカーの名前を出した途端、ローの眉間のシワが急に深くなって八つ当たりのように睨まれた。報告が遅れたせいかと思ったが、ローはそれ以上聞くことはなく名無しの顔も見ずに勢いよくドアを閉めていなくなった。

一人ぽつりと残された名無しは、ごうごうと強風を吐き出すクーラーの音を聞きながら短くため息を吐いた。
それから時計を確認してもう一度ベポの頭を撫でて、荷物を纏めて帰路についた。


もう夕方だというのに、日差しは痛いぐらい鋭く、焼けたアスファルトからは熱気が上がってくる。
じりじりと焼けつくような暑さに体力が奪われて吸い込む空気すら熱を帯びているように感じる。

重たい足を引きずるように歩いていると、緑地公園の入口付近に昼間見かけた黒塗りの車を見つけて思わず顔が歪んだ。
辺りは庶民的な住宅地で、あまり街の空気とは馴染んでいないその黒塗りピカピカ車は、どこか遠くの地で生まれた車なのだろう。


早足で車の隣を通り過ぎようとしたら、静かに窓が開いて昼間の男が顔を出した。
不気味に光るサングラスが派手な身なりによく似合う。


「さっきは随分冷たくあしらってくれたじゃねぇか。フーシャタイルの名無しちゃん」


ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら通りすぎようとする名無しに声をかけてくる。
見ないようにしようとも思ったが、視界の端に社員証が見えて思わず足を止めて振り返ってしまった。


「……社員証、返してください!」


思い切って手を出すと、黒塗りの車のドアが開いた。さすが高級車と言うべきなのか、ドアが開く音が殆どしない。
ジョーカーと名乗った男は、長い指に社員証入れのちぎれた紐を絡めて笑っているだけだ。

暗黙の了解で車に乗れと言っているのだろうが、ついていったら間違いなく海の底に沈んでしまいそうな恐怖感がある。
ジョーカーは笑っているだけなのに、ある意味ローより恐ろしい。いつ懐から銃が出てきてもおかしくはないだろう。


「家まで送ってやるよ」


フッフッフッ、と不気味な笑いを漏らしながら笑うジョーカーに名無しは目を伏せてため息を吐いた。













お迎えです




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