相変わらず事務所は人がいないのにやたらとクーラーが効いている。
冷たい空気が頭から降ってくるような感じがするのは、この効きすぎたクーラーの中で更に扇風機が一生懸命仕事をしているからだろう。

見た目は古くさい扇風機だが、最近はわざとレトロなデザインにしているものもある。ローの性格から考えてもあの扇風機はその類いだろう。やたら高いものに違いない。


することもなく少し変わったデザインの椅子に座り、点滅を繰り返しながら時間を刻むデジタル時計をひたすら見つめる。
シロクマの人形は今日も寒いくらいのこの室温にご満悦そうだ。

奥の部屋からも物音はしないし、ローが危惧していた来客もない。
これなら会社で小言を聞いていてもよさそうなものだが、それは気にくわないのだろう。お偉いさんと言うのは例外なくわがままな生き物だ。



それから2時間ぐらい経ってから、大きな黒塗りの車が入り口のすぐとなりに停まって、名無しは慌てて立ち上がった。
見るからに金持ちの好みそうなその車の後部座席から降りてきたのは、石油王とは言い難い奇抜な格好の男。

派手なシャツに色つきのサングラス。所謂ヤクザみたいな格好だが、ローはこのことを危惧していたのだろうか。


問答無用で頭をぶち抜かれたら恨むどころの話じゃない。



「フッフッフッ、ローのやついつの間に受付嬢なんて雇いやがった?」

「い、いらっしゃいませ!只今社長はどなたにもお会いにはならないそうです!」


ずかずかと遠慮なく入り込んでくる男は、名無しの方を見てニヤニヤと笑う。慌てて奥に繋がる唯一の扉を背中に隠すようにして立ち塞がった名無しは、申し訳ありませんと軽く頭を下げた。

それを高い位置から見下ろした男は、じろじろと名無しの顔を見て、首に掛かっている社員証の入ったカードホルダーを指に引っ掛けて顔を確認するように交互に見比べる。


特に何を言われたわけでもないが、威圧感が凄くて黙って直立不動状態。


「フーシャタイル?聞かねェ名前だなァ」



肩を揺らしながら社員証を指で弾いたその男は、名無しの肩を押し退けて奥に進もうとした。
それだけは阻止しなくてはいけない名無しとしては、いかに怖かろうと足を踏ん張るしか道がない。


カツンとヒールが床の浅い溝に引っかかって音を立てた。


「ローのヤツに用がある」


フッフッフッと不気味に笑うその男は、退けと言わんばかりに名無しの肩に力を込める。
それをそうですかと通せる訳もなく、漏れ出そうな悲鳴を飲み込んで辛うじて首を横に振り、阻止するように両手を広げた。

「出来ません。今日の来客は全て例外なくお断りするように言われてますので!」


絞り出した声は震えていて、自分から聞いてもなんの威嚇にもならないのはわかりきっていたが、ここで引いたら朝の失態を更に上塗りすることになるぐらい名無しだってわかっている。
さっきまであれだけ寒かったのに、なにも感じないぐらい感覚が麻痺してきた。

今日も相変わらず最悪な1日だ。









現れたのはジョーカー




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