次の日はもうローの会社に行くのが苦痛で苦痛で。ある一種の拷問かと思った。
裏社会を見てしまったような罪悪感が半端ない。
どんな顔をしてローに会えばいいか分からずに通勤時に散々遠回りをしてしまった。
早めに家を出ているから遅刻の心配はないが、10分位裏口に立ったままで動けずにいる。
時間の5分前になったら流石に入ろうとは思っているが、まだ20分はある。
「人の会社の前で辛気臭い空気を振り撒くな。営業妨害でお前の会社を訴えるぞ」
「おっ…おはようございます!」
ドアノブを握りしめたまま俯きながら佇んでいるところが見つかってしまったらしく、ローの部屋の窓から厳しく注意された。
会社の前といっても裏口なので業者しか出入りはしないのだろうが、脅し文句に慌てて中に入り込んでからため息を吐いた。
勤務時間が20分増えたなんて本当に最悪だ。
「今何時だ、タイル屋」
「今、今は…8時20分前です、はい」
「15分以内に会社に電話して一週間以内にここに書いてある物が納品できるか確認しろ。出来るなら発注書を書いて会社にファックスで送れ」
「じゅ、15分以内に…ですか?」
「あと14分だな」
ポケットから腕時計を取り出して確認するローは、差し出した紙をひらひらと揺らしながら笑う。
もう愉しくて仕方がないといった顔で、罪悪感を感じていた自分がバカみたいに思えてしまった。
「ちょっと聞いていいですか?なんで14分なんですか?」
「8時に他のタイル屋が来る。お前、人の会社に行くとき時間ぴったりに来るか?」
「なるほど、わかりました!」
頷くのと同時にローの手から紙を奪い取り、急いで鞄の中に手を突っ込んで携帯を探す。
探すことに時間を取られることが面倒で、苛々して鞄を思いきりひっくり返した。
化粧ポーチやガム、財布を地面にぶちまけたまま会社に電話をして品番を伝えて、納品までにかかる時間を確認する。
あまりの慌てっぷりに電話を受けた先輩の方が狼狽えていたが、謝る暇もなく電話を切ってしまった。あとで事情を説明して謝るしかない。
「発注書!発注書どこーっ!」
「発注書ならここにある。あと3分だ」
ガラスのテーブルを指差したローは時計から目を離さない。
胸のポケットに差し込んでいたボールペンでメモから書き出していくが、細かくサイズがしていされているせいでなかなか書き終わらない。
「あと2分」
何センチ×何センチだとか、書く欄が多すぎて手が追いついていかない。
それなのに秒針は止まることなく刻々と時間は迫る。
部屋に備え付けられているセンサー型の鐘が控え目にピロリロリンと音を鳴らして来客が扉を開けたことを告げる。
呼び出しのベルがなかったのはこういうことだったようだ。
「タイムアウトだな」
「待って待って待って待ってください!ローさん行かないで!もうちょっと待って!待って!待ってくださいお願いします!」
部屋を出ようと立ち上がったローの足を夢中で掴んで座らせようと力を込める。
「私の時は結構待たされました!待つのも営業の仕事ですから!」
「じゃあ次の注文まで待て」
「それとこれでは話が違います!」
ぐぐぐっと力の入る足を抱え込みながら発注書を書き続けた名無しは、担当者のところに名前をしっかりと書いてから発注書を見せつけるように振り上げた。
「出来ました!出来ました!時間内には間に合いましたよ!」
寒いくらいクーラーが効いているのに、背中にじんわりと汗をかいてしまった。
思わず腕時計を確認したが、7時55分には間に合った。
「…俺は55分までに会社に送れと言った筈だ」
ローがそう告げた瞬間、手首についていた時計の長針がかちりとずれた。
「………」
「次は頑張るんだな」
普通ここまで頑張った姿を見れば、大目に見てくれそうなものだが、ローは違うらしい。
名無しの手から発注書を抜き取ってぐしゃぐしゃと丸めて机の上に放り投げた。
ころころとごみになって転がった発注書を見る。あれも自分で片付けないといけないことになるんだろうと思うだけで、ただひたすら虚しくなった。
気がつけばゴミ
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