手に持ったままの模型を指差して空笑いする名無しに、ローはわざとらしくため息を吐いて、ごみ袋を指差した。
「趣味で作っただけだ、全部捨てていい。それより昼まであと2時間、終わらせなかったらこの話は白紙だ」
ポケットから取り出した高そうな腕時計を確認したローは、名無しの方を軽く睨んでから乱暴にドアを閉めた。
バタン、と勢いよく閉められたドアの風圧で埃が宙に舞い上がって、思わずくしゃみをした。
「了解しました、ボス…」
遠退いていく気配に静かに返事をした名無しは、持っていた模型をもう一度覗き込んでからごみ袋の中に詰め込んだ。
捨ててしまうのは本当に勿体無いぐらい全ての模型が綺麗に出来ている。
ごみ袋の中に押し込みながらなんとなく湧き出てくる罪悪感に、名無しはため息を吐く。
趣味で作ったとは言え、もし自分にこれほどの物が作れたら、絶対に家に飾る。
建築にはたいした興味はないが、見ているだけで一国一城の主にでもなったような気分になれるのは自分だけだろうか。
ここにはこんな家具を置いてとかこんな木を植えて、なんて考えるのは本当に楽しい。
昔から不動産会社のチラシを見てこんなことばかり考えていたので、気がついたらタイル店に就職していた。
ローのように思ったように家を建てられて、欲しい材料を全て使えるような財力がある人はこんなに夢見がちなことは考えたりはしないのだろうが。
ごみ袋一杯に詰まっていく模型は、ちょっとだけ不憫だ。
計10袋。いくら嵩張るものだと言っても、この狭さにこの量が詰まっていたというのは信じがたい話だ。
きっとローは積み上げる天才なのだろう。
そうでないとこんな大量な模型がこんな狭い部屋に詰まっている筈がない。
所々に置いてあった本を棚に仕舞い、はたきで天井の埃を落として箒で掃く。
時計を確認したら、少しだけ余裕があったので駅前にあるビルの模型を1つだけ棚の中に飾った。
捨てるときに色々見たが、素人目にあのビル模型が一番綺麗に出来ていた。
終わったことを報告に行こうと部屋を出ようとすると、反対側から勢いよく空いて、ドアに額をぶつけた。
丁度角が刺さるようにぶつかった為、本当に痛くて踞ったのだが、ドアを開けた張本人であるローはそんな名無しを一瞥すらしない。
「65点だな、床拭いてないだろ」
「うう…ドアで額を打ちました…」
一応痛いことをアピールしてみるが、ローの耳にはそれが聞こえていないらしく、チェックするように部屋を見渡した。
「模型は捨てていいって言った筈だ。耳も悪いのかタイル屋」
額を撫でながらローを見上げると、ローの視線は棚に向いていた。
耳も、と強調されたのは聞かなかったことにしよう。
「あ…、捨てろとは言われなかったのであれだけ残しました。凄く綺麗だったので」
「…だろうな。俺もあれが一番気に入ってた」
同意している割には顔は不愉快そうに歪んでいて、とてもじゃないが心からそう思っているようには見えない。
寧ろ嫌な過去を思い出したような顔付きだ。
「おいタイル屋、あれも捨てとけ。もう俺の作品じゃない」
「え?あ…はいっ」
もう俺の作品じゃないと切り捨てられたその模型は、散々迷ったが捨てられずに鞄の中に仕舞い込んでこっそり持ち帰った。
捨てられなかったプライド
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