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「ケーキ」

「あ?」


今日も暇そうで気だるそうなクロコダイルは、本から視線だけを上げた。鋭い三白眼が今日も健在だ。


「ケーキ買いに行きたいから一緒に行こう」

「くだらねェ、枯らすぞ」

「クロコダイルって枯らすぞしか言えないの?私よりもクロコダイルのほうが枯れてるんじゃないの、人生的に」


クロコダイルはあまり外に出ることを好まない。というか自分の用がない時には絶対に外に出ようとしない。

だからと言って一人で出掛けようとしたり、一人で勝手に出掛けると、それはそれで怒る。
本人は怒っていないと言うのだが、いつも以上に口を聞かなくなるのだから怒っているとしか考えられないのだ。

前に一人で抜け出して買い物に行ったときは、半年ぐらい無視された。


しばらく黙っていたクロコダイルは、面倒そうにため息を吐きながらレザーのシガーケースから葉巻を1本手に取った。
ゆっくりとした動作でカッターを取り、葉巻の先端を切り落としたクロコダイルは、丁寧な動作で葉巻にマッチで火を点けていく。

どこまでも悪党な癖にどこか上品なのは、仕草からなのかもしれない。


「ケーキ買いに行こうよ。早くして」

「テメェ……俺に命令するつもりか?」

「違うよ。へりくだってお願いしてるんだよ。だから早くして」

「……」


紫煙に身体に纏わせたまま顎を上げるクロコダイルは、椅子に座ったまま人を見下すという高度なことをやってのけている。
仁王立ちしている相手を見下すなんてなかなかできることじゃない。


「早くしてよー。時間がないのに」

「それのどこがへりくだってお願いしてるんだこの馬鹿が」


そう傲慢に言い放ったクロコダイルは、おもむろに立ち上がり外套を羽織った。

いつもボロクソに言った後は重い腰を上げてくれるので、いつもこのパターンになる。


「だいたいケーキってなんだ。いつから甘いもの食うようになったんだテメェは」


さっきまで動かなかったくせに、いきなりツカツカと早足で歩き出したクロコダイルの後ろを同じく早足でついていく。


「やだなー。食べるのはクロコダイルだよ」

「あ?」


早足だったクロコダイルの足が急速に遅くなり、その大きな背中にぶつかる。不満そうな声に顔をあげると、クロコダイルの眉間に深いシワが刻まれていた。


「なんで俺がケーキなんて食わなきゃいけねェんだ?なんかの嫌がらせか?」


今にも吐きそうなほど嫌そうな顔をしたクロコダイルは、葉巻を指で摘まんで煙を吐き出す。
真っ黒な外套のせいで、煙が余計に濃く見えた。


「だってクロコダイル誕生日じゃん。主役がケーキ食べないでどうすんの」


立ち止まったクロコダイルの背中を強く押すと、重たい足がゆっくりとだが動いた。
渋々といわんばかりに動いた足だったが、なまえからすれば動けばそれでいい。渋々だろうがウキウキだろうが目的地に着くことに変わりはない。

動きたくない時には絶対に動かないのがクロコダイルで、一歩動くということはそこまで拒絶反応がないということだ。


「ケーキ買ってきてお祝いしよう!だから私の誕生日にもプレゼントくれ」

「そっちが本音かテメェ」

「世の中ギブアンドテイクだと思うの」

「そこまで言うならケーキはもちろんお前が買うんだろうな」

「それはちょっと、話が違うんじゃないかと思うの」

「なにが違うか言ってみろ」

「要は気持ちだよ。誰が払うとかじゃない!」

「ク、ハハハハッ」



眉間にシワを寄せたクロコダイルは、ため息と一緒に煙を短く吐き出して笑った。そして重かった足が少し軽くなり、また早足で歩き出す。


「さっさと行くぞ」

「はいはい」













バースデーケーキの行方




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