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背後から感じるサッチの温もりが、なんとなく心地よくて名無しは長く息を吐いた。
これでサッチとの接点は無くなってしまう訳だ。
本来なら清々したいところだが、そんな気持ちはこれっぽっちも沸き上がってこない。
それどころが次々と生まれてくる感情は、寂しさばかりだ。
プレゼンテーションだって、楽しみだった筈なのに終われば結果よりもサッチと仕事が出来なくなる方が気になって。
紅茶から伝わる温もりと、背中から感じる温もりが鼻の奥に痛みを走らせた。
「…名無しちゃん?どうした?緊張し過ぎた?」
すんっ、と鼻を啜る名無しにサッチが顔を覗き込むように後ろから身を乗り出してくる。
それから逃れるように顔を反らして軽く笑う。
「そうかもしれないです、こんなに緊張したの久しぶりだったから」
ははは、と笑いながら紅茶を口に運ぶと大きな手が頭を撫でる。
がしがしと雑に撫でられた頭は髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまうほど強くて、口から紅茶が溢れた。
「止めてください!紅茶が溢れたじゃないですか」
「名無しちゃんと仕事できて良かったよ、サンキューな」
手で口を拭って覗き込んでくるサッチを睨むと、にっこりと笑われて恨み言が喉の奥に引っ込んでしまった。
そんな顔するなんて、反則だ。
折角涙を堪えたと言うのに、また涙が込み上げてくる。
「…なんで、…なんでそんなに優しくするんですか…」
別に、同じ部署にいるわけだし、二度と会えないわけじゃない。
話し掛ければ多分サッチなら笑顔で返事をしてくれるに違いない。
それでもモヤモヤするのは、
自分がサッチの隣に居れなくなってしまうからだ。
「なんでって…そりゃ名無しちゃんのこと気に入ってるからな」
へらりと笑うサッチは、いつも他の女の子に見せるような笑顔で名無しを見る。
「私…サッチさんのこと嫌いです」
「そうかよ」
「不真面目なのに仕事は簡単にしちゃうし、女好きだし…良いところないじゃないですか」
「まぁそうだな、俺もそう思う」
名無しが呟く度にサッチが隣でうんうんと首を縦に振る。
「…嫌いです、」
「そうか、まぁそれは仕方ないよな。でも俺は名無しちゃんと仕事できて楽しかったぜ?」
「でも、…仕事は楽しかったです。こちらこそありがとうございました」
ペットボトルの蓋を固く締めて、小さく呟いた名無しの頭をサッチはまたがしがしと撫でて、何も言わずにその場から居なくなった。
それを振り返りもせず、名無しは唇を噛み締めて肩をゆっくりと落とした。