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押し進める企画はサッチが先に進言していたのか、マルコも何も言わず、主に名無しが物事を全て仕切った。
サッチは相変わらずふらふらと女の子に話し掛けて蔑ろにされていたが、仕事の相談を持ち掛けるとおどけながらもたまに的確に指摘をくれて、名無しの止まりかける脳ミソに油を差してくれる。
「サッチさん、此処なんですが」
「んー?ああ‥いいな、名無しらしくて」
「こっちの内容と迷ってるんですけど‥」
「名無しちゃんはどっちがいい?」
「私的にはこっちの方がしっくりくるんですけど、依頼内容とはちょっとかけ離れすぎかなって思うんです」
名無しが顔を上げると、顔を覗いていたサッチと目があってにっこりと笑われた。
それにカッと顔が熱くなって、持っていた書類が少し震える。
「…あ、あの、サッチさんはどっちが‥どっちがいいと思いますか‥?」
「そうだな、俺はこっちにこれを足せばいいと思う」
「あー‥なるほどですね。やってみます」
慌てて書類に目を落とす名無しにサッチは頭を優しく撫でて、短く返事をする。
じんわりと温もりを感じた頭を再度自分で撫でてみる。
マルコの時とは違った温もりに何となくだが、照れ臭くて笑って返すとサッチが蕩けそうなぐらい優しく笑い返してくれて、心臓が痛くなった。
大嫌いな筈なのに、なんでこんなに胸が痛くなるんだろう。
同じ企画をする仲間と言う関係なのに、こんなに心臓が鳴るなんてどうかしてる。
こんな顔をするサッチもサッチだ。
なにも他の女の子に見せるような顔を見せなくたっていいのに、そんな風に考えてたら違う意味でまた心臓が傷んだ。
そんなこと考えてる暇がないぐらい忙しいのに、ふとした瞬間にサッチの顔がチラついて、その度に頭を振ってみたり訳のわからいことを呟いてみたり。
同僚に心配されながらプレゼンテーションまでやっとこさ持ち込んだ。
結果はわからないが、感触はかなり良かった。
プレゼンテーション中サッチは隣で一人頷いていただけだったが、いないよりはずっといい。
緊張が少しはマシになったし、サッチが頷いてくれる度に自信に繋がった。
「お疲れ、名無しちゃん」
緊張から解放された名無しは休憩室でぼんやりと座って、足を投げ出していた。
後ろから聞こえたサッチの声に首を上げると、相変わらずにっこりと笑うサッチが立っていて、額に紅茶のペットボトルを置かれた。
「パンツ見えるぞ」
「嫌だなぁ‥私のパンツなんて誰も見ませんよ」
だいたいそんなにミニスカートじゃないし、足を投げ出しているとは言え斜め下に伸ばしているだけだ。
苦笑した名無しは額に乗った紅茶を受け取って口に運ぶ。
「上手くいってよかったな、さすが名無しちゃん。俺が見込んだだけある」
「…サッチさんのおかげです、ありがとうございました。まさか自分の企画がこんな風になるなんて‥思ってなかったです」
ギュッとペットボトルを握り締めると、サッチが名無しの座っていた大きな椅子の背もたれに腰掛ける。