09
名無しは時計を見てため息を吐く。
もうすぐ7時だ。
持っていたシャーペンを机に転がして伸びをすると、パソコンに張り付けてある付箋を剥がす。
くるりと丸まる付箋を指で伸ばして番号を確認するが、どうにも掛けてみる気にはならない。
残業組もそろそろと言わんばかりに立ち上がり、名無しも合わせて鞄を手に取った。
「おー、まだいた。よかったよかった」
「サッチさん、どこ行ってたんですか!ずっと探してたんですよ!?」
「名無しちゃんの企画通してきた」
「はい?」
へらりと笑ったサッチは珍しく締めていたネクタイを一気に緩めて、首元のボタンを二つ纏めて外す。
茶封筒を机に放ったサッチに名無しは顔をしかめた。
「どういうことですか?」
「んあ?」
「私の企画を通してきたって…」
「マルコじゃ話になんねぇからさ、取引先に行って通してきた」
「…なんでそんなことするんですか!?」
「だいたい向こうが選ぶなら未だしもマルコが決めるってのが気に食わなかったからさ」
「マルコさん決めたこと逆らうようなことしないでくださいっ!企画はサッチさんので決まったじゃないですか!」
「いいじゃねぇか、先方が納得したんだから」
面倒そうに頭を掻いたサッチは椅子にぐったりと座って煙草に火をつける。
無理矢理企画を通してくるなんて、嫌がらせ以外の他でもない。
現に名無しだって自分の企画よりもサッチの企画の方がずっと優れていると思った。
「よくないです、そんな勝手なことしてなにがしたいんですか」
「だって俺は名無しちゃんの企画の方がいいと思ったし?マルコじゃ頭固いから」
「……」
よくもまぁぬけぬけとこんなことが言えるものだ。
マルコが決めたことを勝手に覆すなんて。
「私は、サッチさんの企画の方がよかったです」
「まぁいいじゃん、あちらさんも納得してくれたしさ」
「よくないです、第一私の企画では…」
「大丈夫、俺も手伝うしさ。やってみるだけやってみりゃいいじゃん。もし失敗したら俺の企画ってことにすりゃいいんだし」
へらりと笑うサッチが、初めて頼もしいと思った瞬間だった。
「俺は名無しちゃんの能力すげぇ買ってるよ、だから大丈夫」
ぽんぽんと肩を叩かれ、軽くウインクをして見せたサッチはやはりどこか頼もしくて、同僚やマルコが言っていた意味を理解できた。
この人となら、上手くいくかもしれない、と。