08
打ち合わせをしようとサッチを探したが、サッチの姿がない。
声を掛けろと言われても、姿が見えなければ声の掛けようがない。
と言っても何処にいるかはわかっている。
多分休憩スペースで秘書課の方々と雑談しているに違いない。
いつものことだ。
「サッチさん来てませんか?」
優雅にティータイムを楽しむ秘書課の人に声を掛けると、お互いに顔を見合わせて首を傾げる。
「さっきまで居たけど、戻ったのかと思ったわ」
首をかしげながら髪の毛を指に絡めるその人に名無しは曖昧に頷いて頭を下げる。
仕事用の携帯に掛けても出た試しがない。
一応鳴らしては見るが、やはり出ない。
「どこ行ったんだろ」
肩を下げて、ため息を吐いた名無しはうろうろするわけにも行かず、とりあえず自分の部署に戻った。
定時前には帰ってくるだろうと思い、とりあえず仕事をしとこうとパソコンに向かう。
だが定時を過ぎてもサッチは帰って来ることはなく、席には荷物が置いたまま。
「どうしよう、出先から直接帰ったのかな」
サッチの荷物なんて別に無くても困らないようなものばかりだし、直帰してしまった可能性も否めない。
サッチの作った企画書をペラペラと捲りながら小さく唸る。
同僚達は疎らに帰り出して、名無しも今日ぐらいは早く帰って寝たいが、なんせ真面目な性格が仇となって帰るに帰れない。
「今日も残業すんのかよい」
「マルコさん、あの…サッチさんの姿がないので‥打ち合わせの約束してて」
「あー‥そういや取引先に行くって言ってたよい」
「戻ってこないんですかね?」
「電話してみろよい」
「出ないんですよ、電話に」
「…まぁ出ないだろうねい、会社用の携帯はここにあるよい」
呆れたようにサッチの机の上から携帯をストラップごと持ち上げたマルコに、名無しは頭を掻いてため息を吐いた。
「プライベート用は知らねぇのかよい」
「知らないです。別にプライベートまで関わりたくないので」
呆れたように言う名無しにマルコが携帯を取り出して電話をかけだす。
相手はサッチらしいが、出ないらしくマルコが眉間にしわを寄せて携帯画面を確認する。
「出ねぇな、もう帰ったんじゃねぇのかい。名無しも帰れよい」
「…あ、はい」
慌てて荷物を纏めて鞄に突っ込むが、その手をピタリと止める。
「…うーん‥とりあえず7時ぐらいまでは待ってみます、どうせ企画書にもちゃんと目を通したいですし、資料も訂正したいので」
少し考えてから一人頷くと、マルコはサッチの机から勝手に付箋を取り出して、胸に差してあったボールペンで何かを書いて名無しのパソコンの縁に張り付けた。
「サッチの番号な」
「いいんですか、勝手に私に教えても」
「ま、大丈夫だろい、あんまり遅くなるようだったら掛けてみろよい」
マルコの言葉に名無しは小さく頷いた。