04
最初にクザンの書いた小説を読んだときには、感動のあまりどんな人が書いたのかあまり想像はしていなかった。
ただ、同じ大学にいる、学科も同じと聞いていてもたってもいられなくて会いに行った。だから女かも、なんて考えてる暇がなかった。
クザンを目の前にしたときも性別なんてどうでもよくて、抑えきれない興奮を鼻息荒く捲し立てたような気がする。興奮し過ぎていてあまり明確には覚えていないが。
「名無しちゃんの為に書いてる小説だし、名無しちゃんががっかりして泣き出さないなら別になんでもいいよ」
「私はタフに出来てるんで」
「そりゃあ打って付けだよね」
「言いたいことが理解できません。その妄想を原稿に生かして下さいよ」
「あらら、理解出来てないのに原稿に生かせなんて言っちゃって大丈夫?」
見透かしたようにニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるクザンから目を反らして短く溜め息を吐く。
ゲームばかりしているクザンは極たまにだが頭がいいんだなと思わせるような行動を取る。本当に極たまにだが。
こうなると口では勝てないのは火を見るより明らかで、逃げ出すのが一番利口だ。
「また打ち合わせの際は連絡しますので」
受け取った原稿を鞄につめて、そそくさと立ち上がると、クザンがゆっくりと口を開いた。
「名無しちゃん」
「……」
「名無しちゃんっていつも逃げるよね」
避けたはずの視線がひしひしと感じられて、居心地の悪さに思わず顔を顰める。
面と向かって逃げてない、勘違いするな、と言いたいところだがクザンに勝てるはずもなく、右から左で聞き流した。
数日後、打ち合わせの為にクザンの家に訪れた時にはすでにクザンの姿は何処にもなかった。
ゲームにしか使っていなかった携帯も、ゲーム機も愛用のペンも全て放置されたまま、この間来た時と何も変わらないまま全てが捨てられていた。
コンビニに行ったんじゃないのかとか、ちょっと家を空けているんじゃないかとは思わなかった。
クザンの最後の言葉が頭の中を反復して、驚きのせいで詰まっていた息をゆっくり吐き出す。
何も乗っていなかった筈の机の上には、懐かしい大学時代のサークルの同人誌だけが鎮座していて、まるで謎でもかけられているようにも思えた。
逃走症候群書き置きなんて当然なかったけれど、なんとなく探してくれと言っているような気がした。