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「原稿貰いにきましたよ」

「え?」

「え?じゃなくて」


無断で上がり込んだ部屋の中に、暗闇でゲームをするクザンの姿を見つけた。
いつの時代のものかよくわからない時代遅れの眼鏡が鼻筋からずり落ちて、ぼさぼさの髪の毛が間抜けそうな顔をよりいっそう引き立てる。


「原稿、下さい」

「名無しちゃん電話してきた?」

「しませんよ、したら逃げるじゃないですか。〆切の話ならこの間から再三してきたはずです」


ぽかん、と間抜けそうに口を開けたクザンは、持っていた携帯型のゲームを手から落とした。


「名無しちゃん、実は」

「ゲームしてるぐらいですからもちろん終わってるんですよね」


がりがりと頭をかきむしってボサボサだった髪を更に乱したクザンは、気まずそうに目を泳がせて原稿用紙の散らばった机の方に視線をやった。
散乱した原稿用紙には途中までしか書かれていないものが沢山あり、終わっていないことを表すには十分すぎる程だった。


だが、ここでそれをわかってやるほど優しくはないし、しかたないと諦めてやるほど仕事の出来ない女ではない。


「発売期日を2度変更してるんですよ?これ以上は待てません。あと8時間ありますからなんとかしてください」


決意が揺るがないようキツく腕組みをして立ち塞がった名無しは、眉をつり上げて大きな声でクザンを威嚇した。
この程度の威嚇で仕事をしてくれれば苦労はないが、一応妥協しないことを意思表示しなくては前回同様発売延期という悲惨なことになる。


「8時間でなんとかなるなら小説家は〆切なんて怖がらないと思わない?」

「〆切の日にゲームしてる小説家は恐怖なんて知らないでしょう」


出来ている筈もない原稿を受けとるために手を差し出して見るが、クザンは敢えて手を見ることはしない。



「実は、ネタ不足なんだよね…。そもそも彼女もいないおじさんが恋愛話書くってどうなの?」


諦めたように肩を竦めて携帯型のゲームを畳の上に転がしたクザンは、ゲーム機同様自分も転がった。

そう、この恋愛なんて全く無関係そうなおっさんが王道恋愛小説を次々と生み出し、ベストセラーに繋げるのだから世の中はよくわからない。
繊細な感情描写、王道ストーリーにも関わらず飽きさせることのないストーリー展開。

最近は電子書籍の売り上げも右肩上がりで、書籍が低迷暗黒期の今、出版社もクザンを大切にしている。


その結果このだらだらしたおっさんが出来上がってしまったのだ。

このだらだらしたおっさんに恋愛小説を書け、と催促したのは紛れもない名無しである。


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