07
春の気配が感じられるギャラリーで、サッチはボケっと写真を眺める。
緑混じりの色彩は綺麗だが、なんとなく名無しの撮る写真は雰囲気が変わった。
相変わらず人は写り込んでいないが、写真から人の気配を感じるようになった。
前まではなんと言うか、静寂な風景が多く、見ているだけでどこか違う異世界に飛んだような感じがしたが、最近はちょっと人の暖かみを感じる。
その理由が自分であったなら、こんなに嬉しいことはない。
名無しの態度も春と一緒に緩和してくれればいいのにとは思うが、まだまだ春は訪れなさそうだ。
「サッチ、あげる」
「んあ?」
シンプルなアルバムをいつの間にか真横に立つ名無しが、サッチに差し出す。
写真が挟み込まれたそのアルバムをパラパラと捲ると、人が溢れ返っていた。
「うわ、よくこんなとこ行けたな。人嫌いなのに」
「うん」
混雑する交差点。
溢れ返る駅。
どれも名無しには似合わないような写真ばかりが挟み込まれている。
「平気になったのか?」
「まだ平気ではない」
隣に立つ名無しを椅子に座ったまま少し見上げると、正面を向いたまま口だけを動かす。
「リハビリしてる」
「そか、頑張ってんだな」
その理由が、自分なのか?と聞きたいけれど。
そんなこと聞いたところで、名無しが答えてくれる筈もなく、引かれて終わりな気がして喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
「マルコには怒られた」
そう呟く名無しは相変わらず無表情だ。
そう言えばマルコにあまりちょっかい出すなと釘を刺されたのを思い出して思わず苦笑した。
「いいんじゃねぇの?撮りたいのを撮れば」
「別に人間を撮りたくはない」
「そうかよ」
あっさりと否定されて、ため息混じりに笑いながら名無しを見ると、目が合った。
目が合った瞬間に、本当に静電気が起きたんじゃないかと思うぐらいパチッと目が合った。
多分誰に言っても馬鹿にされること間違いなしだが。
名無しと目が合うなんて、それだけでも稀少なのに。
「リハビリしてるだけ」
「…なんのために?」
ゆっくりと正面に目を反らす名無しは何かを焼き付けるような目を閉じて、口を開く。
「もう一度、人を信じる勇気がほしい」
そう言った名無しの目は泣いているようで、唇は噛み締められてシワが寄っていた。
「…名無しは、優しいんだろうな。だから人を信じられないんだろ?」
「違う」
「違わねぇよ。多分俺の方が人間嫌いなのかもなー…」
肩を竦めて言うと、名無しがまたこっちを見た。
「名無しは人間を信じすぎて裏切られると不信感に襲われるのが嫌なんだろ?」
「別に信じてない」
そうか、
名無しに惹かれるのは
自分と真逆だからなんだ。
そう理解したのは新しい緑が芽吹いた頃だった。