03
秋が深まり、人肌恋しい時期になっても名無しの冷たい視線は変わることなく、店に客は相変わらず居ない。
ギャラリーの中は秋の空、秋の山に統一されているがオレンジがかった色合いが逆に暖かく感じさせる。
冬になったら真っ白になるんだろうか、と考えたらそれだけで寒くなった。
「さっきからなに見てんだよ?」
ストールを纏った名無しは客の筈のサッチは放って何か雑誌を見ていた。
サッチの声に不愉快そうに顔をしかめた名無しはその雑誌を立てて見せる。
「あー、イルミネーションか。写真に撮ったら綺麗そうだもんな」
キラキラと写真の中で輝きを放つ電気の塊は、名無しにはあんまり似合わないような気がした。
言ったら二度と口を聞いてくれなくなりそうだから言わなかったが。
名無しの撮る写真は自然ばかりで、人間や動物は全く写り込んでいない。
だからそう感じたのかもしれない。
「一緒に見に行こうぜ」
「行かない」
「だよな」
名無しの返事はわかりきってる。
でもまぁ言うのはやっぱり少しでも名無しと話がしたくて、話しかけてしまうわけだ。
「名無しってさ、男嫌いなわけ?」
「いや、人間嫌い」
「ああ、そっちか、範囲広いな」
あっさりと返ってきた答えにサッチは短くため息を吐きながらなるほどね、と小さく呟いた。
人間が嫌いだから写真に写り込むことすらも拒むのだろう。
「イルミネーション、見に行くのかよ」
「行かない」
「なんで?写真に撮ってみたいとか思わねぇの?」
「…行き方、わからないし」
突き放すような名無しの言葉や声も、これだけ通えば慣れたものだ。
「だったら俺が連れて行ってやるよ、俺も名無しが撮った写真見てぇしな」
「……」
ダメもとで言ってみたら、名無しは珍しく目を見開いてサッチを見た。
これはイケるんじゃないか、とごくりと喉を鳴らすといつも開くことのないドアが開いた。
「名無し、写真取りに来てやったよい」
聞きなれた声に振り向くと、ドアを開けた張本人も客であるサッチにびっくりしていた。
「お前なにしてんだよい」
「あ?マルコこそ何してんだよ、お前仕事中だろ」
見慣れた悪友の顔に、思わず声が上擦った。
仕事中は自分も同じだが、営業である自分はわりかし時間を自由に使える。
「仕事で来たんだい、ほら名無しさっさと写真寄越せ」
サッチを見ながらツカツカと革靴を鳴らしながら目の前を抜けていったマルコは名無しの前にひらひらと手を出す。
そんなマルコに名無しはなにも言わずに茶封筒を手渡した。
そう言えばマルコの家に飾ってあった綺麗な写真、あれは名無しの撮る写真に酷似していた気がした。
あれ?イルミネーションの話はどうなったんだ、と思った秋の終わり。