01
なんの理由もなく入ったのは写真のギャラリーだった。
廃れた商店街の一角の小さいスペースだったが、何故か心が惹かれて吸い寄せられるように入った。
広がる世界は、風景ばかり。
こんな風景、都会暮らしのサッチには全く縁のない世界だった。
詰まっていた息を全て吐き出すような締められていた喉が開放されたような、そんな不思議な雰囲気を持つ写真だった。
意識を一瞬で持っていかれたそんな写真を愛しそうな目で見つめる一人の女がいた。
「これ、撮ったのお前?」
「…うん」
そう言って彼女は顔を歪めた。
「いい写真だな」
「ああ、ありがとう」
誉められたのにちっとも嬉しくなさそうだ。
それどころか不快そうな顔、客も寄り付かないわけだ。
なんて無愛想な女だ、それが名無しの第一印象。
つまり最悪だ。
営業をしているサッチにとって、笑顔は金で金は笑顔で貰えると思っている。
名無しは、多分カメラと向き合ってばかりの生活をしていたから人付き合いが苦手な分類なんだろうと思う。
何故か毎日休憩中に通ってしまうギャラリーの真ん中にある小さな椅子に座って重たい息を吐き出した。
このギャラリーを知ってからと言うものの、毎日息抜きがてら足を運んでいるが、自分以外の客を見たことがない。
撮った女はまだしも、いい写真ばかりなのに。
「…なぁ、」
店の奥にひっそりと身を潜める名無しに問いかけると、嫌そうな顔をしてこちらを見る。
そんなに嫌がることもない、常連なのに。
因みに名前を聞いたときは世界の終わりを思わせるような表情をしていた。
「…この写真いくら?」
サッチが指差した写真に名無しが見て、何かを言い掛けるように口を数回開け閉めしてから、キュッと口を噤む。
そしてこちらを睨み付けて、また口を開いた。
「売らない」
「…あー…そう」
道理で客が来ないわけだ。
つまり名無しは客を選んでいるらしい。
サッチには売らないことにしたらしい、常連なのに。
「名無しってそんなんで食っていけんの?」
「…キミには関係ない」
「あ、俺サッチって言うの。常連さんぐらい覚えろよ」
ひらひらと手を揺らすと、名無しがまた顔を歪めた。
この愛想の悪さ、もう少しなんとかならないものか。
「名刺いる?」
「いらない」
「だよな」
わかりきっていた答えにサッチは苦笑いして、取り出そうとしていた名刺入れを内ポケットに落とした。
野良猫のような警戒心丸出しの名無しに、構ってしまうのは何故なのかよくわからないが、基本的に人間大好きなサッチとしては嫌われたままでは許せない。
写真云々ではなく名無しに会いにギャラリーに通い出したのは多分20回目ぐらいからだったと思う。
名無しは相変わらず、嫌な顔しか見せない。