03
「ほら、お湯が溜まるまでに飯食っちまおうぜ」
蛇口から大量に吐き出されるお湯を見ながら名無しが小さく返事をするが、動く気配が全くない。
既に体力を使いきったらしい。
「おんぶしてやろうか」
「うん、頼む」
狭い家の中で風呂場からリビングまでは10歩あるかないかぐらいだが、それすらも歩かない名無しは外に出たら死ぬ気がする。
甘やかしすぎて名無しをダメにしている気がしてならないが、前みたいに勝手に出ていかれるよりはよっぽどマシだ。
「…なぁ名無し」
「んー…どした」
「お前さ、」
名無しをベッドに下ろすと、ごろりとそのまま布団の中に潜り込む。
ちらりとこちらを見てくる名無しは眠そうに目を擦った。
「お前ずっと俺のとこにいる気ねぇの?」
「どっちでもいい」
煙草に火をつけながら、名無しを見ると本当にどうでも良さそうな顔をしていて思わず笑った。
「いや、そう言うことじゃなくてさ‥」
返事をするのが面倒になったのか、名無しは眠そうな顔だけをサッチの方に向けて軽く頷く。
サッチが言いたいのはつまり、付き合って欲しいと言うことなのだが、名無しには理解できないらしい。
どうしようか迷っていたサッチを引き留めるように鍋が煮え立って吹き零れる。
「…まぁいっか」
どうせ名無しにそんなことを言ったところで反応する筈がないのぐらいわかっていたことだ。
短くため息を吐いたサッチはコンロの火を弱くしながら頭を掻く。
正直な話、名無しのどこに惹かれているのか自分でもさっぱりだ。
だからどこを好きになったのか聞かれてもわからない。
怠け者で、引きこもりで、暇さえあれば睡眠を貪って気の利くようなことは一切しない。
それでもってニート。
まぁ名無しの場合は世間で言われているほど金食い虫でもないし、居たから毒されるわけでもない。
「なんか癒されるんだよな‥」
名無しに会うまで自分がこんなに世話焼きだとは思いもしなかった。
うどんを煮込みながらサッチは煙草を深く吸い込んで、ため息と一緒に吐き出した。
氷を皿に入れて、うどんを先に皿に移す。
極度の猫舌な名無しはぬるいうどんしか食べられないので、先に冷ましておかないとひたすら伸びるまで放置してしまう。
本人は別に伸びたのでも気にしないらしいが、サッチが気になる
氷で冷やしながら煙草を消して、冷めきったうどんに熱い汁を注ぐ。
「出来たぞ、寝るなよー」
うどんを持っていくと名無しが至極面倒そうにベッドから這い出てくる。