4日目
太陽がまだ顔を出す前。薄暗い海を見ていた名無しの頭にポツリと雨粒が落ちてきた。
漁に行った父親の船はまだ視界に捉えることは出来ない。
ポツリ、ポツリと雨粒が落ちてくる度に少しずつ波がうねりだしたような気がする。
風は渦巻くように鳴き出し、ゴロゴロと雷鳴が響く。
少しずつ落ちてくる雨粒が増えていき、気がつくと視界を雨粒が遮るほどになっていた。
持っていたスカリからぼたぼたと水が落ちて、砂浜だったはずの地面はいつの間にか薄く水が張っている。
雨粒の波紋が辺り一面に広がって、幻想的な風景になった。
「おい」
「……」
「おいっ!」
「ロー、どうしたの?びしょ濡れじゃん」
後ろから肩を掴まれて振り返ると、びしょ濡れになったローが眉間にシワを寄せていた。
いつも涼しげな顔をしていたローだけに、なんだか意外な感じがする。
こんな風に激昂したような表情もするもんなんだと他人事のように思った。
「なにやってる!こんなところに突っ立ってたら波に飲まれるぞ!」
「……」
叱咤してくるローの言葉は、波の音でいまいち耳には届かなかった。ただ、なにか怒っているんだな程度しかわらない。
「とりあえず来い!」
無理矢理腕を掴まれ、持っていたスカリが薄く張った水の上に落ちて、拾う暇もないぐらいの強さで引きずられる。
まだ波はそんなに高くないと言うのに、ローの行動はオーバーに見えた。バシャバシャと音を立てながら前を歩くローの顔色は気のせいか少し青い。
「ロー、風邪?顔色悪いけど」
「今その話は必要か?」
「ううん」
棘でもありそうなその言葉に、名無しは口を噤んだ。
水を蹴るような音と、荒れた波の音。そして空から降り注ぐ雨の音は重たくなった身体に妙に響く。
波の音につられるように振り返ると、さっきまで持っていたスカリが波に飲み込まれていくのが見えた。
「ロー、大丈夫?本当に……」
気が付くとローの顔から血の気が引いていて、握られた手が冷たくなっていくのがわかる。
心配して声をかけると同時にローは膝から崩れて、水の張った地面に倒れた。
くそ、と忌々しげに呟いて目を閉じるローは、死人のように冷たかった。