3日目
その日は朝から曇っていたから、涼みには来ないかとおもったが、寝ている間にいつの間にか来ていたらしい。
相変わらず長袖の帽子姿だ。
湿気を帯びた風が気持ちが悪く、明日辺り雨が降るんじゃないかと父親が懸念していた。
「ロー」
「……」
特に用事もなかったが、せっかく名前を聞いたので呼んでみた。
返事はなかったが、本に向いていた視線が一瞬だけ名無しの方を向いた。
「おはよう」
「もう昼だぞ」
「こんにちは、か」
「そうだ」
「意外に細かいんだね、ローって」
曇っているせいか、いつものように頭がスッキリしない。
いつもなら昼寝から覚めると気持ちよくなるのだが、今日は怠いままだ。
ごしごしと目を擦ると、海の向こうの淀んだ雲を見る。
キラキラと雲の隙間から見える光は雷だろう。明日辺り嵐になりそうだ。
「お昼御飯食べた?」
「いや」
「じゃあ魚あげるよ。煮魚にしたから。ごはんのおかずになるよ」
ビニールに入った使い捨てのケースの中には売り物にならなかった小さな魚が煮魚になったものが入っている。
それをローに差し出すと、ローは無言でそれを受け取った。
「魚食べると頭が良くなるんだって。なんとかってやつがなんかだってどっかのお医者様が言ってたけど、毎日食べてる私がこれだからアテにはならないよね」
「……そうだな」
名無しの顔をジッと見つめてから真顔で頷いたローは、何だか面白かった。
飾り気がない無愛想な言葉に抵抗がないのは生粋の漁師である父親の影響かもしれない。
無口の人はあまり嘘を吐かないような気がする。
「雨が降るからそろそろ帰った方がいいよ。本が濡れる」
「ああ、そういえばベポも言ってたな」
名無しの言葉に空を見上げたローは、分厚い本をぱたりと閉じて立ち上がった。
座っているときもスタイルが良さそうだとは思っていたが、立ち上がると足の長さが更に際立ったような気がする。
名無しも小さくない方だが、かなり見上げる形になった。
そんなスタイルのいいローが煮魚をぶら下げている。
「結構似合ってるよ、煮魚」
「微妙な褒め方だな」
ローは微妙そうな顔をしたが、なんだかちょっと嬉しくなった。