2日目
朝、父親の獲ってきた魚を町に売りに行った帰り、いつものように昼寝をするためにお気に入りの場所を訪れる。
海で泳いだせいで髪の毛がまだ濡れていて、風が通り抜ける度に身体の熱が引いていくのがわかった。
「……あ」
お気に入りの木の下には、昨日の男が既に先客としていた。
相変わらず分厚い本を読んでいる。
「どうも。今日も暑いね」
ちらりと視線を上げた男を無視するわけにもいかず、挨拶がてら声をかける。
男は暑いのが苦手と言いながら長袖で、しかも帽子をどうしても手放せないらしい。
日陰にいるのだから帽子ぐらい脱げばいいのにと思うが、余計なお世話だろうから口には出さない。
「お前、海女か」
魚が入っていたはずのスカリを一瞥した男は、挨拶はスルーして興味の方を口にする。
昨日初めて会ったが、好奇心と野心が強そうなタイプだと思った。
「しがない漁師の娘だよ。魚好き?」
「普通だ」
「そうか。普通か」
空っぽになったスカリを目の前でぶらぶらと揺らすが、既に興味が失せてしまったのか視線は分厚い本に戻っていた。
昨日はよくよく見ていなかったのでわからなかったが、指に入った刺青はなかなか挑発的なことが書いてある。
怖いのかそうでもないのか、よくわからない男だ。
街の人達はこの男のことを話していなかったから、ここら辺で野宿でもしているのだろう。
「いつもここで寝てるのか」
「いつもここで寝てるよ」
「そうか」
「うん」
寝ているといっても30分程度だ。それ以上寝ていると日差しが強くなって真っ黒に焦げてしまう。このお気に入りの場所が涼しいのは午前中だけなのだ。
それにしてもこの男とは会話が弾まない。普通ならもう少し話が広がっても良さそうなものだ。
だが不思議なことに居心地が悪いといったことはない。
「お兄さん、名前は?」
芝生の上にごろりと横になってから思い出したように口を開くと、男は見下すように一瞥してから本を捲った。
「ローだ。トラファルガー・ロー」
「私は名無しっていうの。よろしくね、暑がりなお兄さん」
「……名前を聞いた意味があるのか?」
「……よろしくね、ロー」
一週間島にいることになれば、また顔を合わせることもあるだろう。
ふかふかの帽子を深くかぶりなおしたローは小さく「ああ」と呟いた。