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「そう言えばさ、名無しちゃん俺に電話した?」
「してませんけど」
「だよな、マルコが名無しちゃんに俺の番号教えたって言うからさ」
サッチの言葉に名無しは机の端に丸まっている付箋を思い出した。
サッチに知られているなら早いところ捨ててしまわなければ。
「…よかったらさ、名無しちゃんの番号も教えてくれねぇかな、知らない番号だと出る前緊張しちゃうだろ?」
へらりと笑うサッチに名無しの心臓が痛む。
断るべきなのか、教えるべきなのか。
「やっぱダメか、こんな理由じゃ理由になってねぇよな」
「いえ‥あの」
「仕事が一緒のうちに聞いとけばよかったな、俺って馬鹿」
おどけたように目を細めるサッチは大量の資料を腕に乗せながら乾いた笑い声を漏らした。
「俺のプライベート用知ってる女の子、名無しちゃんだけだから他の子には内緒な」
「…シュレッダーにかけときます」
名無しだけしか知らないなんて、何とも嘘臭いがこの際ちゃんとした理由が出来てよかった。
書類を見ながら呟くと、サッチが覗き込んでくる。
「なんですか?」
「まだ持っててくれてるんだ?俺の番号」
「…っ、す、捨て忘れてただけです!」
しまった、と思って口に出た言葉はあまりにも陳腐な言い訳で、サッチはそれを聞いて優しく笑う。
子供の嘘を許す大人みたいな表情だ。
「あんまりそんな顔すんなよ、悪い大人に付け入られるから」
「…私も大人ですけど」
「そうだな、名無しちゃんも大人だけど。俺が言いたいのは悪いことばっかり考えてる男に、ってこと」
「私にはそんな大人寄ってきませんよ、第一男の人が…」
寄ってきません、と言おうと思ったが、なんだか虚しくなるから止めた。
粗方かき集めた資料にため息を吐いた名無しはサッチの腕から資料を全て受け取る。
「あれ?やっぱり自分で持つ?」
「はい、このぐらいなら自分で持てますから」
サッチと関わるのは止めよう、そう思った。
自分が惨めに見えて仕方がない。
気持ち一つ伝えられないのに、一緒にいたら息が詰まるばかりだ。
こんな感情持て余してしまう。
「そんなにマルコが好き?」
両手いっぱいに資料を抱えた名無しは埋まる視界から顔を傾けてサッチを見る。
「確かにマルコは俺と違って堅実だし仕事も出来るし真面目だけどさ」
「私はマルコさんを尊敬してるだけです」
重たい資料を力を込めて抱き抱え直すと、ファイル一冊が床に落ちた。
それをサッチが拾い上げて、高く積んである名無しの腕の中へと返す。
「ありがとうござ…」
助かったと思った瞬間、乗せられたファイルと一緒にサッチが思いきり体重をかける。
耐えきれなくなった腕が大量のファイルを吐き出して、バサバサと床に落ちていった。
「でもさ、俺の方が名無しちゃんのこと大切にできるって、絶対」
落ちてしまったファイルに唖然とした名無しはサッチの言葉に更に唖然とした。