交わらない瞳の色



名無しに一線を引かれていると感じたのは、いつだったか。



初めて会ったとき、名無しは仲良くする気はないんじゃないかと思わせるような目をしていると思った。
それは決して間違いではなかった。


ただそれは、自分にだけ向けられたものだと気付くのには少し時間が掛かったと思う。



「サッチ隊長、敵船が来ます。東の方角に5隻、2時間ぐらいで接触してきます。マルコ‥隊長にはお伝えしました。4番隊は戦闘準備をお願いします」



深夜にノックをされて、扉を開けた瞬間にいきなり名無しにそう告げられた。
名無しは目を合わせることはしない。
目は間違いなくサッチの方を向いているが、視線はサッチをすり抜けて何処か遠くを見ている。



「んあー‥敵船?どんな奴等?」


「蟲にはそんなことはわかりませんから、私も把握はしきれません」



落ちてくる前髪を手で掬い上げながら首を傾げて名無しの顔を意図的に覗き込むと、名無しはふいっと視線を伏せて不機嫌そうに眉を歪めた。



こんな顔、イゾウやマルコの前ではしない。

イゾウやマルコと一緒にいるときの名無しは、天真爛漫でいかにも妹と言った表情をするのにも関わらず、自分の前ではまるで機械のように事務的な事しか口にしない。



「なぁ、俺なんか名無しに嫌われるようなことした?」


「いいえ、サッチ隊長。それじゃあ、伝えましたので」



ぎこちない、最初と同じ愛想笑いを浮かべた名無しは図ったような角度で頭を下げて、足早にサッチの部屋の前から居なくなる。



「じゃあその下手くそな愛想笑いはなんなんだっての」



既に居なくなった名無しに話しかけるように呟いたサッチはがしがしと頭を掻いてため息を吐いた。





マルコは、名無しのことを悪戯が過ぎて困った妹だよい、と笑っていた。

イゾウは、手のかかる妹だ、とため息混じりだがやはり笑っていた。



それなら、あの名無しはなんなんだろうか。
嫌悪に似た感情を剥き出しにして、薄っぺらな愛想笑いしか浮かべない名無しは蟲そのものだ。
殻に閉じ籠って出て来やしない。



優しく呼び掛けてもダメ、餌で釣ってもダメ。
向けられる表情からは嫌悪と少しの寂しさしか伝わってこない。



「なんつーか‥虚しい‥」



放って置けばいいのかもしれないが、たまに見せる寂しそうな目がそれを許してはくれない。
構って欲しそうな顔をしてるくせに、絶対に線から先には踏み込ませまいとしている。




「妹って‥難しいな」



肩を落としてため息を吐いたサッチは、頭をガックリと落とした。








交わらない瞳の色



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