「何言ってんだサッチ!名無しはサッチが苦手だって言ってんだろ!」
「お前こそ何言ってんだよエース。名無しは俺のことが好きなんだって」
食堂で繰り広げられる子供の言い合いのような喧嘩は、しかし内容が凄まじかった。
論争の原因の本人がその場にいるのに本人を放置してなお不毛な言い合いをし続けるふたりはある意味尊敬に値する。
はあ、とひとつため息を吐いてみたところで状況は何も変わらない。ちらりと当の本人である名無しに目を向けても、名無しは未だサッチに腰を抱かれたまま硬直している。
「だ!か!ら!名無しはサッチのこと苦手だって言ってんたんだ!いい加減気づいてやれよ!サッチ男だろ!」
「エース、お前も男だったら気づけよ。名無しが俺を苦手って言ったのはただの照れ隠しなんだって」
名無しが苦手と言っているサッチ自身にそのことを告げるエースもエースだが、それを意ともせずなんともポジティブな思考をするサッチには呆れを通り越してもはや畏怖の念すら抱けそうだ。前々から聞いてみたかったのだが、その自信はどこから生まれるのか一度尋ねてみたい。
何はともあれこんな馬鹿げた言い合いにいつまでも付き合わされる名無しが憐れに思え、その腰に回っているサッチの腕をどけようとするも、名無しは硬直したまま動かない。
「名無し、」
声をかけても固まったままの名無しを不思議に思い、ひょいっと顔を覗き込むと、その白い肌は耳まで真っ赤に染まっていた。
思わず目を丸くして、赤面したまま固まっている名無しを凝視してしまう。
それを咎めるようにサッチが名無しの腰に回した腕に力を込めた。
「とにかく、名無しは俺のことが好きすぎて照れ隠ししちまうだけだから。余計な世話やいて邪魔すんじゃねェよ」
そう不機嫌そうに告げるサッチはもはや隠す気すらもないらしい。な?と同意を求めるように名無しの顔を覗き込んだサッチ。しかし名無しは一度大きく肩を跳ね上げ、ぶるぶると体を震わせながら、真っ赤な顔のままサッチの腕をぺちんと叩くと勢いよく立ち上がる。
「サッチ隊長なんてだいっきらいです!」
顔を真っ赤にしてそう豪語すると、名無しは脱兎のごとく食堂から逃げ出してしまう。それを目の当たりにしていたエースがサッチにほらな!?と食いつくのが視界の端に映ったが、もうどうでもいい。
それにしてもウチの妹はまた厄介な相手への恋心を自覚しちまったもんだ。
「…先が思いやられるねい…」
この先起こるであろうごたごたに思いを馳せ、大きなため息をひとつ吐き出した。
溶け出した想い
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