ばたん、きゅー。


なんか最近暇だし宴でも開くかというオヤジの思いつきで開かれた宴。
急なことだった割に酒も料理も上等なもので、さすがにみんな慣れてるなと再認識した宴の夜。
既に無礼講と化した宴の席で、名無しは珍しく部屋に籠もらずイゾウの隣でちびちびと酒を飲んでいた。

「…珍しいじゃないか」

片眉だけ上げてそう言い放ったイゾウに、少しだけ視線を逸らしてそういう気分なのだと告げれば、それ以上は何も言わずに隣のスペースを空けてくれるイゾウ。相変わらず空気を読むのがうまい男だ。
以前までの名無しならこういう宴は早々に自室に退散し、ひとりの時間を楽しんでいた。だが最近、家族たちの楽しそうな様子を見たいと、そう思うようになったのだ。以前なら楽しそうな笑い声から逃げるように部屋に籠もっていたというのに。どういう心境の変化かはわからないが、とにかく名無しは自分の気持ちに正直に行動しようと思い立ち、宴の空気をおっかなびっくりではあるが楽しんでいた。

「お!めっずらしー名無しがいる!」

イゾウの隣に名無しの姿を認めたエースが大きな骨付き肉を片手に名無しの元に駆け寄って来る。



「どーだ?名無し、楽しんでるか?」
「うん、楽しいよ」
「そっか!んじゃ肉食え肉!おっきくなれねェぞ!」
「いやもう成長期終わってるし」
「ばっかだなー名無し!海賊は死ぬまででかくなんだぞ?オヤジ見てみろよ!」
「…なんか納得」

きゃらきゃらと笑いながらエースは屈託ない笑みで名無しに笑いかける。それが名無しをひどく安心させるのだ。

「よし!名無し飲み比べすんぞ!」
「え、やだ」
「いいじゃないか名無し、可愛い弟の我が儘くらい聞いてやったらどうだい?」
「ちょ、イゾウ!」
「さっすがイゾウわかってンな!」

突然のエースの誘いに、お猪口を片手に持ったイゾウが愉しそうに口角を上げて名無しを促す。兄にも弟にも逃げ場はなく、仕方なしにため息を吐き、名無しはウッドジョッキを掲げた。

「んじゃ一杯目いくぞ!」

エースの音頭でお互い腕を組みながら一気にジョッキの中身を煽る。正直に言えば、名無しは酔ったことがない。能力故に酔わない体質なのか、それともただ単に酔うまで飲んだことがないだけなのかはわからないが、イイ機会だし確かめてみるのも悪くないだろうと、名無しにしては短慮な結論に至ったのはやはり宴の雰囲気に飲まれているからだろう。
ほぼ同時にジョッキを空にした名無しとエースに、騒ぎを聞きつけて集まって来たクルーたちが新たな酒を注ぐ。やんややんやと海賊ならではの空気に煽られるように、名無しはエースの音頭に合わせてどんどんジョッキを空にしていく。
そこかしこで名無しとエースの勝敗を賭ける家族の野次と声援が飛び交い、今までにないハイペースで名無しは酒を胃に流し込んでいく。そしてエースの代わりに音頭を引き受けたクルーの掛け声が154杯になったとき、今まで普通の顔で酒を流し込んでいた名無しが、突然ばたりと音を立てて倒れた。

「おっ、おい!名無し?大丈夫か!?」

ジョッキを放り投げ大慌てでエースが名無しを抱き起こし声をかければ、名無しは穏やかな表情でうっすらと口を開けて寝息を立てていた。
突然の事態に騒然としていた周りのクルーたちも名無しがただ寝ているだけだとわかればまたざわざわと騒ぎだす。

「エース」
「わぁってる!」

イゾウの嗜めるような視線を受け、エースは常よりは険しい顔で酔いを通り越して眠りに就いた名無しを抱き上げた。
「わりぃ!俺名無し部屋に送って来るわ!」

賭け金云々をしていた周りの家族に宣言するようにそう告げ、エースは船内へと踵を返す。
そんなエースの腕の中の名無しを攫うようにひとりの男が名無しを抱えた。

「サッチ!なにすんだ!」
「コイツは俺に任せてお前は宴に戻れ」
「なんでだよ!」
「若いふたりが部屋でふたりっきりなんて破廉恥なことサッチ兄さんが許しません!」
「はぁ?!意味わかんねーし!つーかサッチ!アンタが言うのが一番説得力ねェ!」

吠えるエースの言葉に周りは周りでたしかにと笑いがわき起こり、エースを支持する者が面白半分でサッチにブーイングを送る。

「はいはいわかりましたわかりました。とりあえず名無しは俺が送っとくから。お前は宴盛り上げてくれよ。な?」

常にはない兄の顔で諭すようにそう言うものだから、エースも渋々頷き宴に戻る。

「…さて、と」

腕に抱えた名無しを抱き直し、船内へと消えるサッチ。
宴はまだまだ終わらない。













ばたん、きゅー。



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