「なにしてんだ?」
「んー‥?エースか、どうしたの?」
船縁に足を引っ掛けて宙吊り状態で海を眺めていた。
海には入れないけれど、手を垂らして逆さまに海を眺めたら何だか海にいる気分に浸れる気がして。
勿論そんなことは微塵もないんだけれど、要は気の持ちようだ。
「…船、降りるのか?」
エースの言葉にどきっとして、思わず身体を起こした。
頭に上っていた血が染み渡るように降りてきて、妙に気持ちがいい。
少し離れた所でエースが船縁に肘をついて、地平線の向こうを見るように顎をちょっぴり上げる。
なんの捻りもない、たたの世間話みたいなノリだ。
「なんで?」
「ん?顔にそう書いてる」
頭をぐしゃぐしゃと乱暴に掻きながら名無しの方を一瞥したエースは困ったように笑って、また遠くの方を見た。
エースにまで表情を読まれるなんて相当だ。
ぺちぺちと軽く頬を叩くと、エースは軽く笑ってテンガロンハットを深く被り直す。
「名無しの好きにしたらいいんじゃねぇの?くいの無いように生きるべきだろ」
ずきり、と胸に何かが突き刺さるような痛みが走って名無しは返事もせずに俯いた。
くいの無いように、の意味がわからない。
だって生きてる意味すら自分でもよくわからない。
たった一人の兄も亡くして、生きるために海賊になった。
だからって生きたいのかと言われたら、別に生きていたいと思えない。
心の中は空っぽ。
「天涯孤独って言うだっけ?なんかそー言うのあるじゃねぇか」
あってるか?と首を傾げたまま名無しを見るエースは、名無しが口を開くのを待たずに更に口を開く。
「名無しっていっつもそんな顔してるよな、なんか昔の俺より酷い」
「なにそれ、酷いんじゃない?」
「だってお前、俺等のこと何も信用してねぇじゃん。そっちの方が酷いんじゃねぇの?」
船縁に預けていた身体を立て直したエースは、足を縁に掛けて立ち上がる。
風が強くて、黒いクセのある髪が靡いて揺れた。
「俺は名無しとあんま接点ねぇけど、大事な家族だし信用してる。お前が何であろうと何しようとな」
エースが海に背を向けて名無しを見下ろしてニッと笑う。
「船降りたって家族だし、だから名無しの好きにしたらいい。また帰って来ればいいんだしな」
船縁にしゃがみこんで、前に手を伸ばしたエースは名無しの頭に手を伸ばした。
いつもなら逃げ出す蟲達が微動だにせずに、身体は一部も欠けることはない。
「じゃん、見ろよ。俺だって海楼石身につけたら名無しに触れるんだぜ?」
自慢気に手錠を付けた手を見せるエースに何となく笑いが溢れて、それと一緒に涙が溢れた。
ぼたぼたと情けなく落ちていく涙を止める術なんて知らなくて、それをエースは見てないフリをしてくれた。
「今日の晩飯、なんだろうな?肉だったらいいのになー」
「‥そうだね」
「明日も明後日もこれからずっと先も、一緒に飯食おうぜ。ムサイ兄貴達と一緒に食うより姉貴と食った方が美味いもんな」
「‥うん」
止まらない涙の理由なんて何もわからなかったけど、空っぽだった心はなんだか暖かかった。
融解する
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