寝静まった船内で、サッチは欠伸を噛み殺しながら鍋をかき混ぜる。
これが終わったら寝よう、ここまでやったら寝ようと先伸ばしにしているといつも真夜中だ。
料理自体は好きだから仕込みをし出すと止まらなくなる。
これに火が通ったら寝よう、と心に決めて椅子に腰を下ろすと、耳の近くに小さな蟲の羽音を聞いた。
いつからかはわからないが、蟲の羽音に敏感になったような気がする。
少し前までは小さな蟲のことなんて気にしたことはなかったが、名無しときちんと接するようになってから、羽音が聞こえると無意識に名無しの姿を探してしまう。
「迷子か?お前名無しのとこの蟲じゃねぇの?」
さ迷うようにサッチの周りをぐるぐると回る蟲に話しかけるが、当たり前のことながら返事はない。
あまりにも忙しく飛び回るものだから、休ませてやるつもりで指を軽く一本立てて蟲に翳した。
あれだけ忙しなく飛び回っていた蟲はぴたりとサッチの指に身体をくっ付けて、それからジジジと低く羽を鳴らす。
「んー?なんだ?ありがとうって言ってんのか?」
蟲の言葉なんて理解できないが、少なくても敵意を持ってる訳じゃなさそうだ。
放って置いてもよさそうだと判断して、鍋の火を消す。
寝ようとして厨房を出た瞬間、大量の蟲が羽を鳴らしてサッチの前に現れた。
まるで壁のようだが、肝心の名無しの姿はやはりどこにも見えない。
指に止まった蟲と同じようにジジジと低く羽を鳴らす蟲達は、服を捲り上げていた腕にひしっと張り付く。
「うーをー‥マジかよ‥、俺は名無しじゃねぇぞ」
隙間なく腕を覆い尽くす大量の蟲に流石に鳥肌が立って、不自然に腕を横に伸ばす。
その瞬間、身体から一気に力が抜けるような感触がして額から冷や汗が吹き出た。
「お前等腹へってんの?名無しは?名無しどうかしたのか?」
自給自足で蟲を飼っている筈なのに、名無しだけで満足出来ないとなると、相当だ。
この間のような名無しが脳裏に浮かんで、蟲を腕にくっ付けたまま慌て名無しの部屋に向かった。
結構乱暴に腕を振ったつもりだったが、蟲達は貪るように精気を吸うとるばかりで意外に逞しい。直ぐに潰れそうなほど小さな蟲なのに。
やはり名無しの力は侮れない。
「名無し?平気か?」
軽くノックをしてドアを開ける。鍵も掛かってない部屋のドアを少し不安に思いながらも中に入ると、名無しは爆睡していた。
安らかな寝顔に安堵のため息を吐きながら、額に手を軽く乗せる。
「熱は、ねぇな」
腕に張り付いた蟲達が一層大きく羽音を鳴らすと、名無しは呼ばれたかのようにハッと目を開けて、反射的に額にあったサッチの手を払う。
「な、なんっ‥なんですか!?」
狼狽えながら身体を起こして急いで壁に寄る名無しは、聞き慣れた羽音に顔を歪める。
「えっ‥あれ?なんで‥」
サッチの腕に張り付いた蟲とサッチの顔を交互に見てから、名無しは不思議そうに身体を自分の触って、くしゃりと髪に指を絡めた。
「わかんねぇけど蟲が離れなくてさ‥また名無しがどうかしたのかと思って見に来た」
張り付いた蟲を見せるように名無しの方に腕を伸ばす。
名無しは訳がわからないとばかりに髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて呆然としていた。
状況整理なう
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