不本意な約束


夜は大好きだ。
静かだし、蟲達の声がよく聞こえる。

何処其処に偵察に放った蟲達からの情報に耳を澄ませながら、船内をふらふら散歩するのは気持ちがいい。



「名無し、悪い。ちょっといいか?」


「……」



厨房を通りすぎようとした瞬間に掛かった声に、名無しは軽く目を閉じてため息を吐く。

こんな時間までなにをしているんだか、さっさと寝ろと思ってしまう。



「何ですか?」



昨日オヤジと話したばかりだから無視も出来ない。
仕方なく厨房に足を踏み入れると、エースもいた。
体内の蟲達が一気にざわめいて、数匹逃げ出す。

解れるように腕が欠けて、サッチがマズイと言ったような表情を浮かべた。



「エース、お前もういいから部屋に戻れよ」


「またかよー、俺名無しとまともに話したことないよな」


蟲は特定の蟲を除いては火が大嫌いだ。
勿論平気な蟲もいることはいるが、身体を構成する約8割は苦手にしている。
その代わりその8割は水に強い。
濡れることに強い方が海の上では有利だからそうしているが、エースのような火の塊が近くに来ると、蟲達が怯えて逃げ出してしまう。


名無しと蟲にとって、エースは危険因子と認識されている。



「ごめん、エースが悪いんじゃないんだけど‥」


逃げ出した蟲が廊下の方で行き場を失ってあわてふためいていて、名無しは苦笑する。


「まー、しゃーねぇな!俺達とは違って名無しの場合は生き物だし」


気にすんなよ、と明るく笑ったエースは行き違う際に名無しの肩をボンポンと叩いた。
ジジジッと悲鳴に近い羽音が響いて、叩かれた肩から一気に蟲達が逃げ出す。



「……」


蟲が居なくなって崩れてしまった肩を見て、エースは気まずそうに悪ィと小さく呟いた。
別に痛くも痒くもないから構いはしないのだが、肩が抉れるとどうしても謝りたくなる心情はよくわかる。


エースが厨房から出ていって直ぐに廊下に逃げていた蟲達が戻ってきて、身体は元通り。
改めてサッチを向き直ると、サッチは腕を組んでぶつぶつと何かを呟いていた。



「用事がないならもう行っていい?」

呼びつけて置いて何事だと思ったが、サッチは少し申し訳なさそうにちょっと待てとジェスチャーで表した。

ぶつぶつとサッチの口から漏れる言葉は、食料の名前や酒の名前。
仕入れの事を考えているらしく、仕事のことなら仕方がないと名無しはため息を吐いて椅子に腰かけてサッチの呟きが止まるのを待った。



次々に口から出てくる言葉には感心する。
まるでリストでも見ているように列ねられるサッチの呟きだが、手元には何もないし第一目を閉じている。
小刻みに揺れる瞼はまるで何かを焼き付けているかのようにも見えた。




「よし!悪かったな、待たせて」


一人で大きく頷くサッチに名無しはいえ、と小さく返す。


「明日ちょっと買い出し手伝って欲しいんだけど‥今回ちょっと色々仕入れるものが多くてなー。名無しの蟲がいると助かるんだけど」


「…わかりました」


仕事とあれば断るわけにはいかないじゃないか。


「デートだな!」


「あ、すみません。そう言う意味なら断りしますね」


「ごめん、俺が悪かった。仕事としてついてきて下さい」


「それならいいです」



島に誰かと一緒に下りるなんて、初めてかもしれない。











不本意な約束








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