酔っぱらいにはご用心
久しぶりの陸地に家族は異常にテンションを上げていていつも以上に周りが騒がしい。
今回の島では仲間としてなら随分長いような気がするサッチと飲むことになってしまったせいか、名無しのテンションは思った以上に上がらない。
隊が違うというのもあるかもしれないが、二人で飲むのはこれが初めてだ。そもそも隊長という存在は財布的な意味合いで引っ張りだこで、なかなかゆっくり飲む機会はない。
1600人も家族がいると隊長クラスでも喋ったことがないなんてことは珍しくはなく、名無しはサッチとまともに喋ったことはなかった。
それがなぜ飲むことになったのかと言うと、自隊のラクヨウ隊長が女気がないサッチが可哀想だからという理由で勝手に貸し出したからだ。
二人で飲むと言っても、家族が多いおかげでふたりきりになることはまずない。
現にサッチは後ろで盛り上がる家族達に連れていかれており、名無しはカウンターで一人虚しく飲んでいる状態だ。
ぶっちゃけ自分が何故こんなところにいるのかもよくわからなくなってきた。
汗をびっしりかいた水割りグラスを乱暴に掴んで豪快に傾けた名無しは、一気に酒を流し込んでからため息混じりに息をゆっくり吐き出した。
「名無しー、飲んでるか?ちゃんと飲んでるか?」
「ぐえっ」
もう船に帰ってもいいんじゃないかと悩みだした瞬間、後ろから首を締めるように腕が絡まってきて思わず低い声が漏れる。
それと同時に背後から噎せ返るような酒の匂いがして、名無しは反射的に顔をしかめた。
「サッチ隊長…どんだけ飲んだんですか」
酒の匂いに慣れている名無しでさえも顔をしかめるほどだ。どれだけ飲んだのか検討もつかないぐらい飲んだのだろう。
サッチは名無しの言葉にあー、とだらしなく言葉を間延びさせながら隣に倒れ込むように座った。
ぐでん、とカウンターに突っ伏したサッチはお世辞にも上手いとは言えない鼻唄を奏でながらご機嫌そうに名無しの顔を見る。
いつもよりも顔は赤らんでいるし、目も座っている。
「名無し、お前可愛いなー」
へらへらと笑いながら名無しの肩をつんつんと指で突っついてくるサッチはご機嫌もご機嫌なようで、緩んだ顔がいつも以上に緩んでいた。
白ひげ海賊団で、しかも隊長。特別目立つことはないが、女は放って置かないらしい。
持ち帰り率が半端ないと噂で聞いたことがある。
近くで見ていると、こんなゆるゆるの男のどこがいいのか理解は出来ない。
やはり男は親父のように逞しく凛々しくそして強くなくては。
「名無し、お前まさか地上に舞い降りた天使か?今日の名無しは輝いて見える」
力説するように酒臭い息を吐き出すサッチに周りはまた始まった、と言わんばかりに苦笑するのみ。
天使だと誉められた名無しも、嬉しくないわけではないがろくに焦点も合っていない酔っ払いに言われたところでトキメキもしない。
「可愛いな名無し!お前は可愛いな!」
「どーも…」
「よし、俺の部屋に行こうぜ!二人きりで飲み直そう!」
肩を掴みながらなっ!と強く頷くサッチに、持ち帰り率の高さはデタラメだと知った。
「サッチ隊長部屋ってどこですか?」
「あー…あっちあっち」
ため息混じりに聞いてみたが、サッチは見事に海とは違う方向を指差していて、しかもその指はバカになったログポースのようにゆらゆらと揺れている。
どこに帰る気なのか甚だ不思議だ。
「サッチ隊長、あっちには海はありませんよ」
「そうだなーじゃああっちだな。いやこっちか?」
名無しの言葉にぶれぶれの指先は行く宛がなく、そのままぱたりとカウンターの上に落ちた。
「なぁなぁ一緒に飲もうぜ?いいだろ?ちょっとだけちょっとだけー」
駄々を捏ねるサッチに名無しは短くため息を吐いて盛り上がる家族の方を見た。
まだまだ飲み足らないのか未だにテンションは上がっていく途中なようで、連れて帰ってくれそうな人間はいない。
「わかりました、じゃあ本当にちょっとだけですからね」
ぐだぐだと絡まれているよりもさっさと船に連れて帰って寝かせた方が得策だ。
途中で寝てしまったらそこら辺に放置してしまえばいい。
酔っ払っていても4番隊の隊長に変わりはないし、寝込みを襲うようなクズに間違っても負けはしないだろう。
自分の中で話をまとめて立ち上がった名無しは、反応を示さないサッチを一瞥した。
「サッチ隊長」
帰りましょう、と言葉を続ける前に違和感を感じて言葉を飲み込んだ。
周りの喧騒が嘘のように小さくなったように聞こえて、引き込まれるようにサッチの目を凝視する。
「マジで?いいの?」
二の腕を掴んで立ち上がらせようとしていた名無しの手を掬い上げてにんまりと笑ったサッチは、冗談でも言うように爪の先に唇を付けた。
酔っ払いの戯言だと笑えればよかったが、爪の先から触れた息が思ったほど熱くなかった。
「…サッチ隊長、あの」
「いきなりがっついたら引かれると思ったんだけど、やっぱ言ってみるもんだな」
本当は酔っ払ってなんかないんじゃないかと気がついたときはもう遅かった。
家族がまるで罠にかかった草食動物でも見るような同情的な目をしていたことに気がついたのもこの時だった。
「もしかしなくても、酔っ払ってないんですか」
「そりゃあ、まぁ…秘密だな」
しっかりと立ち上がったサッチは答えるように勝ち誇ったような笑みを浮かべて名無しの腰をゆっくり引き寄せた。
持ち帰り率が高いと言うのはこういうことだったのか、と一人反省してため息を吐いてみたが、絡まった腕は気が済むまで離れてはくれなさそうだ。
酔っ払いにはご用心
「ラクヨウ隊長に売られた気分…」
「ラクヨウ酒好きだもんな」
「…売られたんだ…」